『風の十二方位』に続く、「ハイニッシュ・ユニバース・シリーズ」関連の短編作品集です。とりわけ最後の3作品は、光速を超える宇宙時空移動という「本格SF」っぽいテーマを扱いながらも、ファンタジーの香を強く残した、著者らしい作品になっています。
「ゴルゴン人との第一接近遭遇」 ある夫婦がドライブ中に異形の宇宙人と出会います。宇宙人の存在を認めようとしない頑迷な夫に対し、夫に従うばかりだった妻が自立していく物語です。
「物事を変えた石」 形にこだわる支配者たちに命じられた石畳敷き作業の中に、被支配者たちが色彩という概念を持ち込むと、広場はすっかり形を変えて・・。価値観というものはひとつではないのです。著者が寓話と呼ぶ作品。
「ショービーズ・ストーリイ」 チャーテン理論と呼ばれる超光速宇宙空間移動によってたどり着いた先で、乗員たちはひとりひとり異なった体験をしてしまいます。それぞれの観測者の認識が、それぞれの世界を作りあげてしまったのでしょうか。しかし、多視点の認識が交雑した結果、世界を認識する力は崩壊してしてしまうのです。
「踊ってガナムへ」 チャーテン理論による超光速宇宙空間移動による認識のズレを防ぐには、観測者たちの心をひとつにすることが重要なのです。その手段が「歌と踊り」とは、なんとも楽しいもの。しかし、強力な個性の持ち主がいると、それに引っ張られてしまうのは避けがたいものなんですね。自分をヒーローに仕立て上げた男が陥った陥穽とは・・。
「もうひとつの物語―もしくは、内海の漁師」 サブタイトルは浦島太郎のこと。チャーテン理論によって旅立った男がたどり着いた先は、過去の故郷でした。家族たちとの時間のズレや、昔の恋人との時間のズレが、喪失感を募らせます。これは恋愛小説ですね。
他に、宇宙に出た人間たちが正気を失っていく「ニュートンの眠り」、雪山登山日誌の中に表れる不思議な言葉の種明かしが楽しい「北壁登攀」、聞こえない楽器による伝統と芸術の違いから姉と弟の思いを描いた「ケラスチョン」が収録されています。
2013/6