りぼんの読書ノート

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赤猫異聞(浅田次郎)

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明治元年暮のこと、幕府は既になく明治政府による新体制もまだ出来ていないという宙ぶらりんの時代。激変の予感と不安を抱きながらも、人々はこれまでの生活を惰性的に続けている状態の江戸の町。そんな中で起きた大火によって小伝馬町の牢屋敷から解き放ちとなった3人の重罪人たちを待ち受けていた怪事とは何だったのでしょうか。6年後に司法相の命によって当事者たちにインタビューが行われ、不思議な事実が語られていきます。

3人の重罪人は鎮火後に全員戻れば皆無罪、一人でも逃げれば戻ってきたものは死罪、誰も戻ってこなければ解き放ちを主張した役人・丸山小兵衛が責任を取って自害するという『走れメロス』のような設定。ところが3人とも命がけの意趣返しに向かうつもりで、戻ってくる気など持ち合わせていなかったのです。

ひとりめは、深川の賭場を仕切っていた信州無宿の繁松。親分の身代わりとなってひとりで責任を被るつもりだったのですが、彼を待っていたのは想定外の死罪申し渡し。解き放ちによって間一髪のところで生命を救われた繁松は自分を裏切った親分のもとへと向かうのですが・・。彼は今、横浜で新時代の豪商となっています。

ふたりめは、夜鷹の元締めで江戸3美人に数えられていた白魚のお仙。夜鷹たちを守るために身を委ねた内与力に裏切られて重罪に陥れられたお仙は復讐へと向かうのですが・・。彼女は今、英国人技師と幸福な結婚をして治外法権の身分を得ています。

3人めは元旗本の岩瀬七之丞。鳥羽伏見でも上野の戦いでも死に損ねた岩瀬は、江戸の町中で官軍の兵隊を斬ってまわった大罪でもちろん死刑囚。死に場所を求めて官軍の番所に斬り込みをかけるのですが・・。彼は今、陸軍中佐となってフランス留学から戻り、陸軍学校教官となって後進の育成に励んでいます。

彼らはなぜ生き延びて、第2の人生を歩んでいるのか。そこには3人とも知らない秘密があったのですが、そこまで書いてはネタバレですね。浅田さんお得意の幕末・明治初期の物語は、激変の時代の中で後世のために身を捨てた男の生き様の美学を描いて余すところがありません。著者の力量を信じて身を委ねられる作品でしょう。

2012/10