りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

黄金の少年、エメラルドの少女(イーユン・リー)

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千年の祈り』の著者による第2短編集です。この人は本当にうまくなりました。前作では彼女の頭の中に存在する観念的な中国を描いているように思えたものですが、この作品では現実に存在している中国の物語のように読ませてくれます。9編の作品のテーマはいずれも「家族」です。

「優しさ」 中学教師をしている41歳の女性が、ひとりで老いていく決意をするに至った過去を回想する物語です。20歳年下で気の触れた母を嫁に貰った父を見て育ち、誰かの人生に潜む殺伐とした暗さを見るのは恐ろしいと感じていたんですね。そんな彼女が少女時代にただひとり心を許したのは英文学を教えてくれた杉(シャン)教授であり、心を許す寸前までいったのが軍隊訓練時代に若い上官だった魏(ウェイ)中尉だったのですが、2人とも既に亡くなっています。

「彼みたいな男」 インターネットで娘に不倫を非難されている父親に会いにいった費(フェイ)師は、誤解によって中傷されている男に友情を感じます。文革で大学教授から便所清掃員に降格されて自殺した父と、教授時代の父を尊敬して結婚した20歳年下の母を持つた費師は、ついに結婚して家族を持つことがなかったのですが。男性を主人公とした唯一の作品です。

「獄」 アメリカで暮らす裕福な中国人夫婦が娘を失い、中国で代理母を求めます。息子を失ったばかりという健康な若い女性は代理母の条件を満たしていたのですが、彼女は失った息子とおぼしき乞食の少年を見て豹変します。女性は息子を売ったのでした。そのほうが良い暮らしができると信じて・・。代理母の胎内にいる赤ちゃんを巡って、代理母の女と実際の母親は、互いに互いの囚人となったかのように思うのです。

「火宅」 婚外恋愛に宣戦布告をして浮気夫たちの素行を調べるようになった中高年の女性たちには、それぞれの過去がありました。しかし彼女たちの団結は、妻と父親との不倫を疑う男の訴えを聴いて揺らいでしまいます。

「流れゆく時」 義姉妹の契りを結んだ3人の少女たちは、50年後には憎みあうようになっていました。それぞれ嫁いで得た息子と娘を結婚させようと思っていたのに、息子が娘を殺害して死刑になるという事件があったのです。しかし一番憎まれているのは、ただひとり事件と無関係だった主人公なのです。

「黄金の少年、エメラルドの少女」 同性愛の対象だった38歳の女性を42歳になるゲイの息子の嫁にしようとする老女教授の夫は、事故死だったのでしょうか。かつては理想的な「金童碧女」と呼ばれたであろう夫婦の娘だった女性は、孤独を包み込む世界を丹精こめて作っていこうとする人々の思いを感じとって、新たな家族を築く決意をします。

他には、45年前の少女時代に憧れた男性が妻を失ったことを知った女性の心情を描いた「花園路三号」、今は精神を病む天安門事件の元ヒーローの恋人に会いにいく女性の悲しさを描いた「記念」、恵まれない女性たちを救って同居する女性の想いを描いた「女店主」が収録されています。

著者はアイルランドの短編の名手であるウィリアム・トレヴァーを尊敬し、彼の小説に触発された作品も多いとのこと。「一瞬の心の動きを切り取る」巧みさではトレヴァーに及ばないものの、同種の哀しさが表現されてるように思います。

2012/9