りぼんの読書ノート

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大江戸釣客伝(夢枕獏)

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日本の釣りには、「鉤(つりばり)」の種類が異常に多いという特徴があるようです。ありとあらゆる魚用の鉤が作られて、世界中で使われているというのですが、そのルーツは元禄時代に釣りを楽しんだ、無役の侍たちがこらした工夫にあるとのこと。

本書は、徳川5代将軍綱吉の「生類憐れみの令」によって釣りを禁じられた時代に生きた男たちの25年間の物語です。ある者は別の境地に達し、ある者はいっそう物狂いしたかのように釣りに溺れるという、それぞれの生き様が描かれていきます。

主人公は、後に日本最古の釣り指南書『何羨録(かせんろく)』を著した大身旗本の津軽采女という実在した人物。物語の開始時点で19歳。後に吉良上野介の娘婿となります。

他には、師の芭蕉とは異なる軽みに達したと言われた俳人宝井其角(25歳)。其角の釣りと遊興の仲間で後に三宅島に島流しとなる、絵師の英一蝶(34歳)。スポンサーとして登場するのは、紀伊国屋文左衛門水戸光圀公。さらには『何羨録』に名前があげられている、当代の釣り名人の武士や町人たち。

「生類憐れみの令」にも負けず、赤穂浪士の討ち入りがあろうと、江戸が大地震や火災で被災しようとめげない名人たちの破天荒な人生は、おかしくも物悲しい。芭蕉の壮絶な最期も描かれますが、道こそ違え「極める」ことと「狂う」ことの共通点を感じさせられます。

釣りバカ日誌」で「釣りは悪魔の趣味」と言われてもピンときませんでしたが、罪を覚悟で釣りに行ったり、妻の死よりも釣りを優先させたりという話を聞くと、やはりそうなのかもしれないと思ってしまいますね。「仁者は静を、智者は水を楽しむ」との境地に到ることは難しいのでしょう。

2011/9