りぼんの読書ノート

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兵士はどうやってグラモフォンを修理するか(サーシャ・スタニシチ)

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ユーゴスラビア、現ボスニア・ヘルツェゴヴィナのヴィシェグラードに生まれながら、14歳の時に内戦を避けて家族とともにドイツに移住し、ドイツ語で書くことを選択した若い著者のはじめての長編は、「物語の力」を再確認するかのような自伝的な作品です。

アレクサンダル少年は、祖父スラブコから想像力と語り続けることの大切さを学びます。カール・ルイスが世界記録を打ち立てた日に亡くなった祖父の遺志を継いで、少年が紡ぎ始めた物語は、故郷が内戦へと進んでいく過程を生き生きと写し出します。

田舎での収穫祭の日にイスラム的な音楽に文句をつけた父の友人。教室から建国者チトーの肖像が外された日に「同志」と呼ばれることを拒んだ教師。妻に浮気された男が過激な報復を実行した後に国じゅうを旅して回ったという話ですら、自由に国内を移動できた最後の日々のできごと・・と結ばれるのですから。

そして「本物の戦争」がやってきます。一家が砲弾から非難したアパートの地下室にもセルビア人兵士たちが押し入ってきます。兵士たちからイスラム系の少女アシーヤをかばったアレクサンダルは、ドイツ移住後も彼女を想って手紙を書き続けますが、名字も知らない少女に届くはずもありません。

やがて青年へと成長したアレクサンダルはボスニアを再訪。故郷の変貌と戦争の傷跡を目にして、自分が書き続けた物語と現実との落差に愕然とし、物語を信じる力を失いかけた主人公を救ったのは、故郷のドリーナ川だったのです。

「物語とはドリーナ川のようなものだけど、どちらも後戻りすることができない」とは、著者が作家生活を続ける上での原点なのでしょう。同時にそれは「悲惨な現実」に何とか抵抗しようとし続ける「文学のあり方」を言い切った言葉であるようにも思えます。

ところで「兵士がグラモフォンを修理する方法」って、わかりますか? もちろん、音が出るようになるまで、叩いたり蹴ったりするんです。^^;

2011/7