りぼんの読書ノート

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オラクル・ナイト(ポール・オースター)

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充実期にある著者が、初期の「ニューヨーク3部作」のテーマに再び挑戦した作品との印象を持ちました。いくつもの物語が何層にも組み込まれた、迷路のような世界から再び歩き始める主人公が、そこにはいるのです。

主人公のシドニーは、重病から生還したばかりの34歳の作家です。治療費の借金を抱え、創作も再開できない中で、美しく謎めいた妻グレースから妊娠を告げられ、彼女を失いたくないという気持ちから出産を強く勧めるのですが・・。シドニーが、リハビリのためにブルックリンを歩き回って見つけた不思議な文房具店でブルーのノートを購入してから、物語の重層構造が始まっていきます。

シドニーがノートに書き綴る、編集者人生を捨ててカンザスに移り住み、奇怪な電話帳図書館を作ろうとする男エドと出会う物語。「オラクル・ナイト」は彼のもとに送られてきた小説のタイトルなんですね。シドニーが映画化を狙って書きなぐったタイムトラベラーの物語では、過去から来た男性と未来から来た女性が1963年のアメリカでケネディ暗殺を防ごうとします。

シドニーの友人ジョン・トラウズが若いころに書いた「骨の帝国」なる政治的寓話。中国人の文房具店主、M・R・チャンが語る文化大革命時の教師弾劾の物語。シドニーが妻グレースの過去について最悪の想像を巡らせた物語・・。

「幼児殺し」、「嬰児殺し」のテーマが繰り返して現れてきます。作中人物のエドダッハウで見た、死んだ赤ん坊にミルクを求める母親の物語を書く時にシドニーは、過去に「自分は今、人類の終りをめぐる話を読んでいるのだ」と思わされた、クラックでハイになった女性が、出産の自覚もないまま死んだ赤ん坊を便器に産み落としたニュース記事を思い出します。そしてオラクルの予言のように、そのテーマは妊娠中のグレースに関わってくるのですが、作中のシドニーは、また「9.11」を経験した作者は、どうやって悪夢のような迷路から抜け出すのでしょうか・・。

役者の柴田さんは、幻影の書が交響楽なら、本書は弦楽四重奏だと言っていますが、決して軽い物語ではありませんし、そこにあるものは「愛」だけではないようです。

2011/1