りぼんの読書ノート

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蒼き狼の血脈(小前亮)

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チンギス・カンを題材とした古典的名作としては、井上靖さんの『蒼き狼』があります。彼の子孫たちの物語としては、陳瞬臣さんの『チンギス・ハーンの一族』がありますが、チンギスの3男オゴディ即位の内幕に関する部分を除けば、物語の中心となっていたのはフビライでした。

本書はチンギス・カンの長子ジュチの息子バトゥを主人公として、彼を総司令とするヨーロッパ遠征軍の戦いと、盟友モンケを大ハーンに即位させるまでを描いた小説であり、いわば「物語としての空白地帯」を埋めてくれる作品となっています。

長子相続制をとらないモンゴルの慣習は、モンゴル帝国の歴史を通じて、大ハーンの座を巡る兄弟間の後継者争いを数限りなく引き起こします。チンギス・ハーンの正妻ボルテの嫡出子4人(ジュチ、チャガタイ、オゴディ、トゥルイ)に勝ったのはオゴディでしたが、その争いは、バトゥ、モンケ、グユク、クチュらの次の世代にも引き継がれるんですね。毒殺や呪詛などの陰惨な手段も用いられたようですし、さらにその後の世代となると、近親間の激しい戦闘すら、珍しいものではなくなっていきます。

さて、バトゥです。カザフ高原から西の広大な「ジュチ・ウルス(後のキプチャク・ハン国)」を切り従えて、キエフからポーランドハンガリーまでも侵攻したバトゥは、「残虐なモンゴリアン」の印象が強いのですが、実際には「敵には容赦ないものの味方には寛大な人物」であったと、名将としてだけでなく、為政者として高く評価する歴史家も多いそうです。

本書もその流れに沿って、モンゴル最大の実力者でありながら、大ハーンの後継者争いからは身を引いて、「賢明なる王(サイン・カン)」と呼ばれるに至った人物として描かれます。まぁ、こういう小説の主人公は、魅力的でないといけませんものね。^^

一方の西モンゴルでは、ベルケ、フラグ、シリギ、ハイドゥ、アバカ、ティムールらが入り乱れて闘う、「その後」が凄まじくなっていきます。わかりにくい。「バトゥ以降」についても小説化して欲しいものです。

2010/3