りぼんの読書ノート

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小説火の鳥 大地篇下(桜庭一樹)

謎の聖域美女マリアの正体は、400年前に滅亡した楼蘭でただひとり生き延びた王女でした。彼女の境遇を憐れんだ「火の鳥」が、彼女に「永遠の一日」を与えてくれました。しかし初代の楼蘭調査隊によって「火の鳥の首」を盗み出されたことで、禁断の秘密が世に出てしまったのです。天才工学博士の田辺が「火の鳥の首」を用いて発明した時を巻き戻す装置は、日本軍部の手に渡り、彼らに都合の良い世界を生み出すことに使われ続けてきたというのです。

 

日清戦争に敗れ、日露戦争に敗れ、満州事変は起きず、日中戦争にも敗北した歴史は都度改変され、日本軍に都合の良い歴史が紡がれてきたわけです。ただし一度用いられた「火の鳥の首」は、その都度楼蘭に戻ってしまうため、何度も調査隊が派遣されてきたというもの。日本軍に大東亜共栄圏という虚しい理想を掲げさせ、戦争への道を邁進させた原因は「火の鳥」に、いや「火の鳥」の存在を知った者たちの欲望や野心にあったのか・・。

 

タイムトラベルによる歴史改変という発想は目新しいものではありませんが、「火の鳥」にふさわしい物語に仕上がりました。しかも、時が巻き戻される前に落命した者は「火の鳥」の秘密に関わる記憶を失うという設定が、物語に情感を与えてくれたのです。時の狭間に消えたマリアの子供たちの記憶をはじめ、突然断ち切られ、忘れ去られてしまった人々の結びつきは、あまりにも切ないもの。その一方で忘却は、「火の鳥」を知ることで生み出された暗い欲望や情念を清めてもいるのです。三田村要造も、東条英機も、間久部緑郎も、野心家でこそあれ、「火の鳥」の力なくしては魔人ではありません。そして最後まで「火の鳥」の秘密を抱え続けたのは、意外な人物でした。

 

展開がスピーディにすぎて、登場人物の内面描写が表層的に思える節もあるのですが、決定的な場面の描写は鮮烈です。長所も欠点も「手塚漫画」のイメージを再現する試みなのでしょうし、それは成功しています。8月6日の朝に広島上空に舞い上がる「火の鳥」の幼鳥のイメージに至っては、「見開き2ページ」の映像が脳内に浮かんできたほどです。

 

2022/12