りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

失われた岬(篠田節子)

物語の舞台となっているカムイヌフ岬とは、知床半島のようなところでしょうか。ヒグマや原生林に阻まれて陸地からの接近は不可能な岬の先端に向かう手段は漁船のみ。それも海が荒れない夏場の一時期に限られていて、浜辺から上陸することも難しいのです。

 

そんな最果ての岬を目指して失踪する人々がいます。末期癌患者のケアに尽くしてきた財閥系企業の社長令嬢の肇子。あらゆることに優れたセンスを発揮する一方で清貧感を漂わす人妻の清花。ノーベル文学賞を受賞作家の一ノ瀬・・。そこは誰にでも開かれている場所ではありません。肇子を追った青年実業家はヒグマに襲われて半身不随となり、清花を追った夫は死体となって発見されます。そして一ノ瀬を追う担当編集者の相沢の前で、岬にたどりつくための手がかりは何度も途絶えるのでした。

 

戦時中に不審な研究所があったと噂される岬は、どのような秘密を内包しているのでしょう。しかもそこは、カルト宗教やスピリチュアリズムとは無縁の場所のようなのです。フリージャーナリストの石垣と組んだ相沢は、一連の事件の真相に迫っていくのですが・・。

 

本書は人間界と自然界の関係性の根源を問う作品のようです。かつて先住民族が静謐な暮らしを営んでいた岬は、なぜ今はごく少数の選ばれた人たちしかたどり着けない場所となってしまったのか。そこは人間にとっての理想郷なのか。そこで暮らし続けることにどのような意味があるのか。2029年へと飛ぶ最終章の暗澹たる時代背景の中で、その問いは切実なものになっているようです。そして暗い近未来の状況は、間違いなく現在と陸続きにあるのです。

 

本書が示す近未来図の中では、最後に楽しく海外旅行ができたのは2019年のことでした。その後は、頻発する未知の感染症威、イデオロギー対立と経済的利害による国家間の緊張の高まり、各地での紛争やテロの勃発、異常気象などによって、国外に出ることはリスクでしかなくなってしまったというのですが・・。

 

2022/10