りぼんの読書ノート

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興亡の世界史8.イタリア海洋都市の精神(青柳正規編/陣内秀信著)

「興亡の世界史」第8巻は、このシリーズの中でもかなり独特のスタイルで記述されています。過去の歴史について史跡や文献をもとに語るのではなく、現在のイタリア海洋都市の観察から歴史を読み解く方法をとっているのです。都市形成史を専門とする著者には、都市や地域の風景の中に歴史の重なりを観ることができるのでしょう。本書で解き明かされる対象は、イタリアの4大海洋都市であるヴァネツィア、アマルフィ、ピサ、ジェノヴァに加えて、南イタリアの海洋都市であるガッリポーリとモノーポリ、ギリシアの植民都市であるナウパクトゥス、ナフプリオンクレタです。

 

ヴェネツィアアマルフィは、中世初期のゲルマン系異民族の侵入から逃れ、海上からしかアクセスできない地域に都市を築いたという共通点があります。海に開いた立地条件は航海術を発達させ、中世中期の先端世界であったビザンツやアラブ世界と交流を深めることで、停滞していた西欧に活気を蘇らせたわけです。地中海世界南欧には、西洋の枠組みからみるよりイスラム世界との関係でみた方が理解できることが多い理由ですね。装飾的なアーチ、立体幾何学に基づくドーム、天井・壁面装飾を有する建築や、柱廊、パティオ、1階を解放した商館(フォンダゴ)などが代表例。

 

しかしながら各都市は、地形によって独自の発展を遂げていきます。背後に山が迫る海開いた渓谷の斜面に都市を築いたアマルフィ。アルノ川の下流域に古代から形成された川港の町であるピサ。高台にできた古代の町が入り江まで下ってきたジェノヴァ。もちろん水上に浮かぶヴェネツィアの特異性は際立っていて世界で唯一無二の存在です。地政学的な立地も無視できませんね。アドリア海湾岸を経由して東地中海に抜ける航路を開いたヴェネツイアがローマからの距離を保っていたのに対し、ティレニア海に面する他の3都市は、ローマ、ナポリ、スペイン、フランスの影響を大きく受けざるを得ませんでした。

 

著者は鉄道や飛行機の発達によって失われた「海からのアプローチ」を重視しています。海から都市を観ることが、港湾都市の構造や発展過程を想像させてくれるとのこと。そういえば海から町にアプローチしたことはないし、観光船レベルに範囲を広げても、海から眺めたことがあるのはヴェネツィアと南仏のカッシとギリシャピレウスくらいかな。あとは湖レベルで何か所か。「海洋都市の歴史は中世で終わってはいない」と主張する著者を見習って、海から都市を眺めることを意識してみましょう。海外には次回いつ行けるのかわかりませんが、国内にも魅力ある港町は多いのですから。

 

2022/9