りぼんの読書ノート

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京都はんなり暮し(澤田瞳子)

天平時代の若き官吏たちの物語である『孤鷹の天』で2010年に華々しくデビューし、後に直木賞も受賞する著者が、その前の2008年に綴った京都紹介エッセイです。まだ時代小説のアンソロジー編纂しか経験のない20代の著者は、澤田ふじ子の娘としてのイメージしかなかったはずですが、出版社は早くから著者の文才に目をつけていたのでしょう。

 

冬は初詣やおせち調理、春は桜巡りや菓子巡り、夏は祇園祭納涼床、秋は紅葉や時代祭など、古都の四季を彩る風物詩を解説しながら、古都千年の謎や現代若者気質や、京都に生まれ育った著者ならではの意外なこぼれ話を交えて、独特のエッセイに仕上がっています。

 

ユニークなエピソードをいくつか紹介しておきます。ハッピーマンデーで成人の日が毎年変わるようになって以来、三十三間堂の通し矢の日にちが「柳のお加地」という法要とズレてしまったとのこと。もっとも400年の歴史の前では些細なことと平然としているあたりが京都の懐の深さだそうです。銘菓・夕子の名前の由来は『五番町夕霧楼(水上勉)』の薄幸のヒロインとは知りませんでした。かと思うと「丸竹夷ニ押御池~」に始まる、通りの名前を織り込んだ数え歌は水戸黄門のテーマに乗せると覚えやすいとおどけて見せ、本来のメロディは失われているので構わないと豆知識を披露。

 

京都の「菓子屋」は茶会に出す生菓子・干菓子を商う店であり、街道を往還する人に活力を与える「饅頭屋」や「餅屋」とはルーツも立地も異なるそうです。そういえば出町柳商店街の有名な餅屋「ふたば」は、大原口にあり、山陰街道筋の「中村屋」や鳥羽街道筋の「おせき餅」などと同様に、京都の周辺部に多くあるとのこと。

 

5月は岡崎・勧業館、8月は下鴨・糺の森、11月は百万遍知恩寺というと「古本祭」。人口の1割を学生が占める京都らしい大型イベントであり、古書好きな教授方を探し出すのは難しくなるとのこと。さすが印刷・出版・販売をこなす「本屋発祥の地」ですね。そういえば『夜は短し歩けよ乙女森見登美彦)』にも古本祭は登場していました。

 

「京都に空襲がなかった」のは戦後に意図的に流された作り話であり、東山や西陣では空襲被害が出ています。ただし京都に明治・大正期のレンガ建築が多く残っていることも事実であり、今年4月に泊まった三条通が「近代建築の宝庫」と呼ばれていることは、体感してきました。外国人観光客が減っている今こそ、京都観光のチャンスかもしれません。コロナ禍が収まっているようなら、今年の紅葉の季節にも再訪したいと思っています。

 

2022/9