りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

夜の声(スティーヴン・ミルハウザー)

もともと16編の短編からなる1冊の本が、昨年出版された短編集『ホーム・ラン』と本書に8編ずつ収録されています。1冊に纏めるにはボリュームが大きすぎたのでしょう。もちろんどちらの本からでも、どの作品から読んでも著者の魅力は満喫できます。

 

ラプンツェル

有名なグリム童話を下敷きにした作品です。ラプンツェルはなぜ王子とともに塔から逃げ出さなかったのでしょう。なぜ女魔法使いは王子と密会していたラプンツェルを荒野に放逐したのでしょう。荒野で再開した2人ですが、誰が誰を見つけ出したのでしょう。ここに描かれているのは、女魔法使いや王子によって運命を翻弄される女性ではないのです。

 

「私たちの町の幽霊」

何の変哲もない普通の町には、たったひとつ変わったことがありました。そこでは幽霊が、普通の人々と変わらない姿で時おり出没するのです。幽霊たちとの遭遇事例や、幽霊たちの正体を探る説が紹介されますが、正体はわかりません。結局それは、どのような共同体にも内在している特異な不可解さや不気味さと異なものではないのでしょう。

 

「妻と泥棒」

熟睡する夫の傍に横たわる妻は、階下で足音が聞こえた気がして、階段を下りていきます。そこには泥棒がいたのでしょうか。それとも全てが気のせいだったのでしょうか。ラ・フォンテーヌの作品では泥棒騒ぎが夫婦の冷めた愛情を復活させるのですが・・。

 

「マーメイド・フィーバー」

美少女形の人魚の死体が発見されて、町はフィーバーとしか言いようのない「人魚熱」に包まれます。しかしその熱気もいつしか冷める時が来るのです。ではこのフィーバーは町に何を残したのでしょう。

 

「近日開店」

ごく普通の町が開発熱に襲われます。昨日まであった店が別の店に変わり、次々に増改築される住宅が並ぶ通りは、日々刻刻と雰囲気を変えていきます。医療施設、ファミレス、ショッピングプラザが次々と建てられて人々が集まってくる町を、主人公はこっそりと出ていくのです。

 

「場所」

その「場所」は何の変哲もない普通の野原にすぎません。しかしその場所の周りには不思議な噂がはびこり、そこを訪れた人は場所に対する嫌悪感や好ましい気持ちを抱いたりするのです。謎も驚きもないことが、謎と驚きの源なのでしょうか。

 

アメリカン・トールテール」

アメリカのホラ話に登場する木こりポール・バニヤンは、超破格のスケールの大きさが伝説となっています。しかし彼には無類の怠け者でやせっぽちで、眠ることだけが得意という弟ジェームズ・バニヤンがいたのです。ある日ポールは、弟と眠り一騎打ちを始めるのですが・・。もちろん何の取り柄もない弟が勝つのですが、他の全ての面で勝っている兄は、どうしてそんな勝負を挑んだのでしょう。全ての点で勝る必要などあるのでしょうか。

 

「夜の声」

旧約聖書に登場するサムエル、その物語を1950年代に先生から聞いた少年、その少年の半世紀後の姿と思しき老作家。この3人を行き来うる物語のテーマは不眠と幻聴です。サムエルが聞いた神の声も、少年が切望した自分が選ばれる声も、老作家のうつろな夢に響く過去の声も、同じ「ひとつの声」なのでしょう。いや本書に綴られた全ての作品が、著者が聞いた幻の声が語った物語なのかもしれないのです。

 

2022/8