りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

手のひらの音符(藤岡陽子)

主人公は45歳独身で、服飾デザイナーの瀬尾水樹。彼女は自社が服飾業から撤退することを知らされて愕然とします。そんなタイミングで中高時代の同級生・憲吾から掛かってきたのが、恩師の入院を知らせる電話でした。お見舞いへと帰省するなかで、彼女の心にほろ苦くも懐かしい記憶が蘇ってくるのでした。

 

本書は、長い回り道をした男女がラストで巡り合う物語です。その相手は優等生の憲吾ではなく、幼馴染の信也です。互いの家の貧しさに気付いた小学校時代。優等生だった信也の兄の事故死。バブルに踊らされた両親世代。決まっていた就職を蹴って服飾学院に進学を決めた水樹と、ひっそりと姿を消した信也の一家。

 

再会の宛てもない信也のことを思い出した水樹は思うのです。「人と人とが別れる時、それが最後になることをお互い知っている別れは、この世にどれくらいあるのだろう」と。著者が言いたかったのは、このひとことなのでしょう。それ以外の、憲吾と先生の物語や、水樹が服飾業を続けることができた物語や、水樹や信也の家族の物語は、ラストの再会場面に至るまでの過程であるように思えます。このストレートさはちょっと苦手かな。ただし時代の雰囲気を伝えるデティルや物語に必要な伏線を、丁寧に書き込むことができる作家であることは間違いありません。

 

2022/6