りぼんの読書ノート

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加賀金沢(室生犀星)

金沢の室生犀星記念館に行くことにしたので、その前に、著者の自伝的エッセイ集である本書を読んでみました。若い日に創った「ふるさとは遠きにありて思ふもの」の詩や、晩年の『杏っ子』などの小説も有名ですが、随筆家という一面も持っていた方であると初めて知りました。何しろご本人が「私の本来は詩人でも小説家でもなく、どうやら市井の一随筆家なのかもしれない」と書いているほどなのですから。

 

本書は犀星の生涯をたどるように編集されています。冒頭の「私の履歴書(抄)」は、金沢に生まれ育った少年時代から、上京してメジャーデビュー作となった「幼年時代」を世に問う30歳までの自伝。次いで32歳の時に軽井沢で綴った「秋情記」から、最晩年の「私の文学碑」まで18編の随筆が年代順に並んでいるのです。

 

全ての随筆には綴られた場所が記されており、金沢、田端、馬籠、軽井沢と、犀星が愛した土地の面影や、その地での交流関係には興味深いものがあります。そして年齢とともに成熟していく犀星の心象風景が現れているように思えます。それぞれの随筆のスタイルは「伝記風、日記風、回想風、観察記録風、心境小説風」と多様なのですが、関心の向く先が外的世界から内的世界へ、生命への渇望が死に対する意識へと変化していく様子が、早送りの動画のように見て取れる気がします。

 

そんな中で一貫して変わっていないのが、作庭への強い関心です。幼い頃の河原での一人遊びに始まり、借家、自宅、別荘での庭へのこだわりを経て、晩年に文学碑を建てた「碑の庭」へと至る作庭の歴史は、折々の随筆と同様に犀星の成熟を現わしていたのかもしれません。犀星は生涯で2回だけ庭を破壊したことがあるそうですが、文学的な変化を遂げた時期と重なっているとのことです。

 

金沢の室生犀星記念館は、犀星が愛した犀川の流れをイメージした庭を含む2階建ての美しい建物で、犀星の生涯・作品・交友・人柄が、原稿・書簡・朗読・ビデオなどで丁寧に紹介されています。写真映えするのは、犀星が愛した杏の木の背景に160冊の著書を一面に配した壁ですね。動物好きだった犀星が愛猫ジイノと一緒に火鉢にあたっている有名な「火鉢猫」の写真も見ることができます。

 

2022/6