りぼんの読書ノート

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中年(丸谷才一)

著者が1968年に綴った短編で、「丸谷才一全集」の第3巻に収録されています。既に2作の長編を著して芥川賞をはじめとする文学賞を得ている著者が43歳の時の作品ですが、彼が本領を発揮するのはこの後ですね。『たった一人の反乱』、『裏声で歌へ君が代』、『女ざかり』、『輝く日の宮』などの代表作は、まだ書かれていません。

 

主人公は41歳になった東京の大新聞の記者であり、彼が若くして死んだ姉の夢を見て目覚めることろから物語が始まります。地方に残っている兄との軋轢。彼が学生時代に家庭教師をしたことで関係が続いている年下の新劇役者の婚約を巡る不愉快な思い出。姉が自分にかけてくれた期待を果たせなかったこと。今になってさまざまな出来事の真相を理解できた主人公は、「中年というのは、他人のそして自分の、さまざまの裏切りを知って生きていく時期なのではないか」と述懐します。それこそがこの短編のテーマであることは明白ですが、解説を引き受けた辻原登氏はさらに深く読み解きます。

 

それは柳田國男が述べた「妹・姉の力」という概念です。「家や地方を後にする男子に対して適切な助言を与える姉や妹の存在が、男子の成功の原動力となってきた」ということが隠されたテーマだというのですが、それは読みすぎなのか、どうなのか。姉の期待に添えなかったことに気付いてしまった主人公の未来は、明るくないのかもしれません。

 

2022/6