りぼんの読書ノート

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北海道浪漫鉄道(田村喜子)

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「土木ノンフィクション」というジャンルを設定するならば、著者はその第一人者でしょう。『黒部の太陽』や『砂の十字架』の木本正次氏が描いた分野は土木に留まっていませんが、著者は最後まで土木分野に固執しています。

 

本書の主人公である田辺朔郎は、『京都インクライン物語』の主人公でもありました。1861年に幕臣の家に生まれ、工部大学校の卒業論文として書いた「琵琶湖疏水工事の計画」が国際的に注目され、卒業と同時に琵琶湖疎水計画を担った人物です。その後東京帝大教授となりますが、北海道庁長官を務めていた岳父・北垣国道に請われて北海道庁鉄道部長に就任したのが35歳の時のこと。そして彼は、全長1000kmを超える北海道の鉄道ネットワーク工事に挑むのです。

 

もちろんこのような大事業がひとりの力でできるものではありません。本書は未踏の原生林や激変する天候と闘いながら、北海道の殖産興業を担う鉄道敷設を実現していった土木技術者たちの群像小説なのです。トンネルを掘るための岩石組成や、橋梁を架けるための雨量記録はもちろん、精緻な測量地図もない中での鉄道建設は困難を極めます。それに加えて政府の揺れ動く財政政策にも悩まされます。田辺朔郎自らが日高山脈を徒歩で越えて狩勝峠を見出した美しい描写は本書のハイライトですが、ほとんど全編がクライマックス。

 

直前に読んだ『熱源』では明治開拓期の北海道・樺太におけるアイヌ民族の苦難が描かれており、まさに同じ時代の出来事なのですが、本書は素直に技術者の挑戦ストーリーとして読むべきですね。もちろん北海道の鉄道が、アイヌの方々をますます追い詰めていったことは事実なのですが。

 

2022/4