りぼんの読書ノート

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熱源(川越宗一)

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2019年の直木賞受賞作は、帝国主義の時代に日本とロシアの間で所有権が揺れ動いた樺太(サハリン)を舞台として、国家と民族と個人のあり方について問いかけた作品でした。主人公である樺太生まれのアイヌ、ヤヨマネクフ(和名:山辺安之助)は実在した人物であり、金田一京助ポーランド人の民族学者ブロニスワフ・ピウスツキにアイヌ説話を語り伝えたことや、白瀬中尉の南極探検隊に樺太犬犬ぞり担当として参加したとのエピソードも全て事実です。

 

明治維新後に樺太開拓に乗り出した和人の開拓使たちに故郷を奪われ、北海道に集団移住を強いられた後に、天然痘コレラの流行で妻や友人たちを失ったヤヨマネクフはロシア領となっていた故郷に帰還。そこで彼は、リトアニア生まれのポーランド人で、皇帝暗殺計画に巻き込まれて囚人となっていたピウスツキと出会います。日本人となることを強いられたアイヌと、ロシア人となることを強いられたポーランド人は、それぞれに自分が守り継ぎたいものの正体に気付くのです。やがて日露戦争ロシア革命を経て2人の運命は大きく離れていくものの、彼らが残したものは滅びませんでした。

 

本書のタイトルである「熱源」とは、生きていくための情熱です。巨大な文明に潰されて滅びることも、のっ見込まれて忘れ去られることも拒み、自分が寄って立つ全てを肯定するパワーです。帝国主義と人種主義の摂理が荒れ狂った時代に、摂理の中で戦うのではなく、摂理そのものと戦った人々がいたことは忘れてはいけません。ヤヨマネクフがピウスツキに語った「もしあなたと私たちの子孫が出会うことがあれば、それがこの場にいる私たちの出会いのような、幸せなものでありますように」との言葉が胸を打ちます。

 

ところで若き金田一京助が本書の中で語ったところによると、自らの文明の起源を歌いあげる叙事詩を有する文化は多くないとのことです。民族に優劣はありませんが、ハウキやユーカラを生んだアイヌの文化は優れているのでしょう。

 

2022/4