りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

一人称単数(村上春樹)

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2005年に出版された『東京奇譚集』の続編のような短編集であり、018年から2020年にかけて「文學界」に掲載された7作品と書下ろし1作品からなっています。奇妙な話から不思議な話へと次第に温度をあげていくなかで「春樹ワールド」が姿を現してくるのは、前作と同様です。現実と異世界、現在と過去、フィクションとノンフィクションのあわいが揺らいでくる世界へようこそ。

 

「石のまくらに」

僕が同じアルバイト先で働くある女性と一夜をともにした19歳のころの思い出が語られます。記憶に残っているのは彼女が送ってくれた歌集の1作品だけなのに・・。

 

「クリーム」

人生の最良のものであるクリームとは、「中心がいくつもありながら外周を持たない円」について理解できるようになることなのでしょうか。それは、謎の演奏会への謎の招待状を理解することと同義なのでしょうか。

 

チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ

大学生の頃に書いた架空のアルバムに遭遇することには、どのような意味があるのでしょう。聞いた後で世界が変わってしまうような、魂の深い所にまで届く音楽とは、現実には存在しないほうが望ましいのかも知れません。

 

「ウィズ・ザ・ビートルズ With the Beatles

ビートルズの新作アルバムを抱えた美しい少女とすれ違ったことは、「憧憬の照準器」となりました。その少女とは二度と会えず、後に偶然出会った彼女の兄から少女のその後の運命を聞かされただけだったとしても。

 

「ヤクルト・スワローズ詩集」

あまり人気のない球団のファンになった僕には、その球団との不思議な巡り合わせを感じてしまうのです。誤った要求に対して応えられないことへの謝罪でさえ、作家と球団の共通点なのでしょうか。

 

「謝肉祭(Carnaval)」

50歳の頃に出逢った「これまで知り合った中で最も醜い女性」についての回想と、大学時代に1度だけデートした「容姿がぱっとしない女の子」の思い出は、時折心を強く揺さぶるたぐいの記憶のようです。人生におけるちょっとした寄り道のようなエピソードであっても。

 

品川猿の告白」

好きになった女性の名前を盗む品川猿は、『東京奇譚集』にも登場していました。温泉宿で出会った猿の独白のどこに、テーマや教訓があるのでしょう。その後の回想個所には、著者自身のフィクションに対する思いも込められているようです。

 

「一人称単数」

バーのカウンターで出会った見知らぬ女性から強烈な非難を受けたことは、どこかの異世界での行為の報いなのでしょうか。私たちの責任範囲は、人生の分岐でありえた全ての可能性にまで及ぶのでしょうか。

 

2022/1