りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

スギハラ・サバイバル(手嶋龍一)

f:id:wakiabc:20211102114320j:plain

北朝鮮が関わる偽札と核開発疑惑に踏み込んだインテリジェンス小説『ウルトラ・ダラー』の続編は、第2次大戦下のリトアニアに端を発するマネーゲームを題材としています。前巻に続いて、英国情報部員スティーブンと米国特別捜査官マイケルのコンビが活躍。

 

全てのきっかけはリトアニア日本領事館に領事代理として赴任してきた杉原千畝だったようです。有能な外交官であった杉原は、ユダヤ人たちに「命のビザ」を発給した見返りとして、欧州に張り巡らされたユダヤ諜報網からの情報を手に入れていたというのです。しかし日本の外務省は杉原情報を無視し続け、戦後その情報網はひとりの女性の手に委ねられます。そして当時は幼い少女であったその女性と神戸で固い友情を誓っていたのは、やはり「命のビザ」で救われたユダヤ人少年アンドレイと、神戸のガキ大将・雷児でした。後に2人はアメリカと日本で希代のトレーダーとなるのです。

 

ティーブンが気付いたのは奇妙なマネーの動きでした。ニクソンショックプラザ合意、9.11同時多発テロリーマンショックなどでドルが大暴落する寸前にドルを売り抜いて懐を潤す投資家集団がいたのです。やがて彼はマイケルとともにアンドレイの存在にたどり着くのですが、彼らの投資戦略は単なる金儲けを狙ったものではありませんでした。彼らの真の目的とは、いったい何だったのでしょう。

 

アンドレイのモデルはシカゴ・マーカンタイル取引所会長を勤めて「S&P500」という革命的な金融先物を開発したレオ・メラメド氏です。他にもソ連ユダヤ人の国外脱出を容認させたのは穀物輸出法案の付帯条項であったとか、シリアから北朝鮮への穀物輸出が核拡散の見返りであったとかの興味深いインテリジェンス情報がぎっしり詰め込まれています。そのせいで読みにくい作品になってしまったのは前作と同様ですが、著者の目的は創作ではなく、小説の姿を借りての情報伝達なのでしょうから、仕方ありませんね。

 

なお本書の著者ノートと解説で、杉原千畝氏の名誉回復を行って彼の業績を世界的に広めたのは、政治家の鈴木宗男氏であったことを知りました。杉原氏は「命のビザ」発給を外務省に咎めれれて、辞任させられていたというのです。官僚と政治家の関係が微妙であることを示している好例でしょう。

 

2021/12