りぼんの読書ノート

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華氏451度(レイ・ブラッドベリ)

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華氏451度は摂氏232度であり、紙が燃える温度です。書物の所有が禁止され、発見された書物は焼き尽くされてしまうディストピアを描いた本書は、映画化もされた有名な作品ですが、今まで読んだことがありませんでした。始皇帝焚書坑儒や、ナチスによる書物の粛清(ツォイベルング)や、戦後アメリカのマッカーシズムのような、為政者による言論封殺を批判する警鐘の書という印象を、なんとなく持っていたのですが違いました。書物の禁制化は、人々が自ら望んで招いたものだったのです。

 

主人公は隠匿されていた書物を焼く「昇火士」という職業に就いているモンターグ。自らの仕事に誇りを持っている模範的な隊員でしたが、そんな社会の在り方に疑問を投げかける風変わりな隣家の少女クラリスと出会ってから、彼の人生は変わり始めます。振り返れば妻のミルドレッドは、テレビ壁と巻貝イヤホンに支配された人生をおくっていて、睡眠薬を飲みすぎて死にそうになっても覚えていないほど。やがてモンターグは仕事の現場で拾った本を読むという違法行為に手を染め、ついには彼自身が追われる身となっていくのでした。

 

モンターグの上司である博識で狡猾なベイカーが語る、この世界の成り立ちが秀逸です。この世界は愉しみと心地よさを求める一般大衆が自ら招いたものであり、テクノロジーと大衆搾取と少数派からのプレッシャーは引金を引いたにすぎないと。そして大衆を従順にとどめおくためのコンテンツとして、スポーツや音楽やクイズやメロドラマだけが残ったのだと。1953年に書かれた予言は、なんと見事に的中してしまったのでしょう。

 

この都市国家が「わずか3秒間の戦争」によって一瞬にして破壊されてしまうという聖書的なエンディングには賛否両論あるのですが、そこはもはや問題ではありません。

 

2021/10