りぼんの読書ノート

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涼子点景1964(森谷明子)

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1964年の東京オリンピックは、戦後日本にとって途轍もなく大きなイベントだったのでしょう。首都高、地下鉄、モノレール、新幹線、ホテル、競技施設などのインフラを一気に整備したことは、敗戦国が国際社会の大舞台に再登場するために正装するようなものだったのかもしれません。とりわけ競技場に近かった新宿周辺は、焼け跡に建ったバラックが近代的な都会へと生まれ変わったようです。その裏では、やはり地上げなどの裏の動きもあったのでしょう。

 

本書は、1964年のオリンピックを境にして、地味で貧しい少女から富豪のお嬢様へと生まれ変わった女性・涼子について描いた作品です。中学時代に涼子と同級生だった男子高校生や女子高生、大富豪一家の使用人だった女性、涼子が転校したお嬢様学校の同級生、近所の老舗和菓子屋、大富豪一家の青年書生、涼子とは別居中の母親らの証言から、涼子が何を掴み取ったのかが明らかになってきますが、彼女にはまだ秘密がありそうです。

 

そして涼子自身が語る最終章で、彼女も知らなかった真相が明らかになっていくのです。本書において涼子は探偵役なのですが、彼女が推理するのは自分自身に関わっていた謎でした。オリンピックはもちろんのこと、ビートルズサイボーグ009公団住宅、まだ珍しかったクリスマスの風習など、濃密に取り込んだ時代の空気感が伏線になってくミステリでした。2020年1月に本書が出版された背景には今度のオリンピックがもたらすものへの期待もあったのでしょうが、コロナ禍によってネガティブな側面ばかりが強調されてしまいました。

 

2021/9