りぼんの読書ノート

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輪舞曲(ロンド)朝井まかて

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大正時代に活躍した実在の女優・伊澤蘭奢の生涯を、彼女と深く関わった4人の男性の視点から描いた作品です。1922年に津和野で生まれた蘭奢は、若くして地元の名家に嫁いで息子を得たものの、松井須磨子の「人形の家」に惹かれて26歳で上京。舞台女優となって松井亡き後の新劇界を支える存在にまでなりますが、38歳で病死したため、実質的な活動期間は10年もありません。現在ではほとんど忘れられているようです。

 

彼女について語るのは、彼女と愛人関係にあった劇団のパトロンでジャーナリストの内藤民治。学生時代から5歳年上の彼女と恋愛関係にあった徳川夢声。晩年の蘭奢と交際した当時はまだ学生で、後に児童文学者となる福田清人。そして蘭奢の一人息子で、後に小説家として芥川賞候補にまでなる伊藤佐喜雄。著者いわく「4人の男性による輪舞曲(ロンド)形式」の小説だとのこと。

 

しかし4人が語る蘭奢像は、それぞれに異なるのです。一途な女優志望者、放埓な誘惑者、高慢な貴婦人、夫の実家に息子を奪われた不幸な母親。実生活においても自分の人生を演じ切った蘭奢は、それぞれの男たちに全く異なる自分を見せていたようです。そして4人が手にする彼女の遺稿には何が記されているのでしょうか。

 

著者の意図は理解できますが、少々伝わりにくかったようです。最後の最後まで、彼女の実像が見えてこないのです。もっとも「華やかで地道で、嘘つきで誠実で、美しくて醜くて、情熱的で冷静で、母のようにあたたかく淪落の女のように妖しい」という徳川夢声の言葉が、彼女についての全てを語りつくしているのかもしれません。女優にとっては個人の実像など無意味であるということなのでしょう。

 

2021/8