りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

傲慢と善良(辻村深月)

f:id:wakiabc:20210723064716j:plain

ジェーン・オースティンの『高慢と偏見』と似たタイトルだと思ったら、やはり関りがありました。典型的な階級社会であった18世紀末のイギリスで結婚の妨げとなっていたのが「高慢と偏見」であったように、現代日本においては「傲慢と善良」だというのです。自分の価値観について傲慢であることや、人生の重大事を親か誰かに決めてもらえないと決断できない善良さを問題にした作品です。

 

婚活を通して出会った39歳の架と35歳の真実。結婚を約束した2人でしたが、真実が唐突に姿を消してしまいます。彼女は、以前に怖れていたストーカーに連れ去られてしまったのでしょうか。それとも何か別の理由があったのでしょうか。架は真実の行方を捜し求めて、彼女の家族や、彼女が以前の婚活で会った相手と接触し続けます。やがてわかってきたのは、真実の中に同居していた傲慢さと善良さでした。彼女は何に苦しんでいたのでしょうか。

 

第2部では一転して真実の視点から物語が語られます。彼女もまた架が持っていた傲慢と善良の二面性に気付いていたのですが、それを許すことができない自分自身にも傷ついていたようです。彼女の心理状態はかなりグダグダではあり、彼女の行動はいかにも唐突すぎるのですが、何とかして自分の力で一歩を踏み出そうとしていたのでしょう。いずれにしても、本音をさらけだせない関係は辛いものです。はたして2人は傲慢と善良という壁を乗り越えることができるのでしょうか。

 

エンディングには賛否ありそうですが、著者の鋭い感覚には感心させられました。一例をあげると「相手にピンとこないというのは自分に釣り合わないと思うこと」という、結婚相談所の方に語らせた言葉が芯をついているのです。そしてその理由は「自分が優っていると思う点にしか目が向かないから」というのですね。なるほど。善良さは時として無知に繋がり、無知こそが傲慢を生むということなのでしょう。そういえば「高慢」も「偏見」も元をただせば、無知から生み出されていたのです。

 

2021/8