りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

逃げ出せなかった君へ(安藤祐介)

f:id:wakiabc:20210723061814j:plain

2021年2月に「六畳間のピアノマン」というTVドラマになった作品です。ブラック企業に入社してしまった3人の同期青年たちと周辺の人々を描くことで、「逃げ出せなかった人たちに会社を辞めてもダメじゃないと伝えたい」という著者の思いが込められた作品です。過労で入院して新卒で入った会社を1年で辞めたという、著者の原体験がベースになっているとのこと。

 

「無敵社員」

極悪上司から非人間的に扱われ、早朝から深夜まで飛び込み営業を命じられる中で心身をすり減らした3人が、深夜の居酒屋で飲んだ1杯のビールは「今まで生きてきた中で1番うまい」と思えたのです。しかし執拗に虐められた夏野は自殺。洗脳され切った村沢を救うために、大友は会社の実態をネットに暴くのでした。亡くなった夏野が趣味のピアノを動画としてアップしていたことで、物語は次に続いていきます。そして8年がたちました。

 

「詩的社員」

チェーン居酒屋で適当にバイトをしていた男性は、冷えすぎてまずくなった生ビールをしみじみとを飲んだ青年たちによって心を入れ替えました。その後の紆余曲折で、自分の店を持つとの夢を一度はあきらめたのですが・・。

 

「自適社員」

「優しい人になれ」と息子を育てた父親は、息子が自殺したことで抜け殻のようになってしまいました。停年を迎えた日に暴漢に襲われたのは自暴自棄になっていたからなのでしょう。しかし自宅を訪れた息子の同級生たちから息子の思い出話を聞く中で、優しさと弱さが違うことにあらためて気づきます。そして息子の思い出がある間は余生ではないと。

 

「不敬署員」

暴漢に襲われていた初老の男性を救った交通課の警官には、やはり警官だった父親を暴走事故で失った過去がありました。彼には8年前に自殺を試みた若者を救えなかった後悔もあったのです。交通安全講和会の場で彼は訴え続けます。安全運転に注意を払うのは、社会的信頼を維持するためではなく、命を大切にするためなのだと。

 

「美的教員」

ネットの「六畳間のピアノマン」のファンであった女性は、弱小高校の音楽部を全国大会に導く非常勤講師になっていました。しかし彼女には、地下アイドルを目指していた頃に過剰なファンサービスを強いられていた過去があったのです。昔のファンから脅迫された彼女は、過去を振り払えるのでしょうか。

 

「無双社員」

同期の夏野が自殺し、会社の実態を暴いた大友が去った後、社会的批判にさらされた会社はあっけなく潰れてしまいました。

茫然自失となった村沢は数々の資格を取ってスーパー派遣社員の道を選びましたが、まだ過去からは逃げ切れていないようです。8年ぶりに再会した大友と「世界一うまいビール」を飲みながら、「逃げきれない者たち」を救う社会保険労務士として生きていこうと誓うのでした。最後は綺麗に纏まりましたね。

 

2021/8