りぼんの読書ノート

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赤い星(高野史緒)

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最初に読んだ著者の作品は『カラマーゾフの妹』でした。はじめからロシア史やロシア文学に詳しい方だと思っていたのですが、10代のころにゴルバチョフ時代のソ連にいらっしゃったことがあるのですね。もっとも近世ヨーロッパを舞台とする「スチームパンク音楽SF」でデビューした著者が本格的にロシアを舞台とする作品を書いたのは、長編7作目となる本書がはじめてです。

 

かなり歴史が歪んだ時空の物語。ロシアの属国となってしまっている江戸時代の日本で流行っているのは、TV司会の大黒屋が「ペテルブルクに行きたいかぁ!」と声を張り上げる「シベリア横断ウルトラクイズ」。一方ロシアでは、イヴァン4世の息子であるドミトリー皇子を暗殺したとの噂がある、ボリス・ゴドゥノフが帝位につこうとしていました。しかもドミトリー皇子は生きていて秋葉原に潜伏しているというのです。

 

ハッカーの町娘おきみは、友人で公方様の落胤を自称する真理奈太夫から奇妙な依頼を受けました。吉原でドミトリー皇子と深い仲になってから密かにロシア皇后の座を狙っているという太夫は、ペテルブルクの情勢を探って欲しいというのです。仮想空間に開かれたエカテリーナ女帝のサロンに忍び込んだおきみは、ケーニヒ博士なる悪魔めいた人物と出会ってしまいます。そしてどうやらその人物は、ペテルブルクで音楽修行中の幼馴染の龍太郎とも関わっているようなのです。

 

ボリス・ゴドゥノフは16世紀で、エカテリーナ女帝が18世紀なんて野暮なツッコミは、もちろん無意味です。物語はさらに混迷を深めていくのですから。そもそもネヴァ川河口の泥炭地に築かれたというペテルブルクは、現実に存在しているのか。誰もが待っているという「赤い星」とは、レーニンをドイツから連れ戻した封印列車のことなのか。ロシアの権力を巡るさまざまな物語と、幻のペテルブルクと、江戸ロシア・リミックスという「数本分の長プロットをつぎこんだ運命への捧げ物」だそうですが、さすがにひとつの作品に纏め上げるのは難しかったようです。いつの日か、何本かの作品に分けて書き改める機会が訪れることを期待しています。

 

2021/7