りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

大名倒産(浅田次郎)

f:id:wakiabc:20210531094601j:plain

ペリー来航によって国内は騒然とし始めたものの、まだ誰もが徳川治世の永続を疑わなかった頃の物語。大半の藩にとっては政治向きのことよりも、財政問題のほうがさしあたっての大問題。泰平の世に積もりに積もった大借金に嫌気がさした越後丹生山3万石の殿様は、急死した長男のかわりに縁の薄い妾腹の末息子の小四郎に後を継がせます。その真意は、現金を搔き集めた後に計画倒産を果たし、後継ぎに腹を切らせて自分だけは逃げ切ろうというもの。このあたり、次世代に借金を残して平然としている団塊の世代との共通点を感じます。

 

わずか2両ほどの幕府への献上金すら未払いであったことを知った若い小四郎は、急遽重臣たちを呼び集めますが反応がありません。主要な数名は先代と共謀しているし、ほかの者は何も知らされていない役立たずばかりなのですから。頼りになるのは近習に取り上げた2人の旧友と、見るに見かねて助言を申し出てきた他藩の元勘定役だけ。御国入りして初めて見る故郷の美しさを守ろうと倒産阻止を決意した小四郎ですが、年間歳入の20倍にも及ぶ借入金の大きさに呆然とするばかり。

 

しかし真面目で誠実な小四郎の熱意に共感する者たちは増えていきます。あまりの馬鹿さに後継ぎ候補から外されたものの造園の才能によって嫁を迎えた次兄の舅となった大身旗本。先祖代々溜め込んできた金子を差し出そうとする国家老。お殿様よりも偉いという千町地主の豪農。もちろんその程度の協力で何とかなるものではないのですが、意外な者が味方につくのです。それは藩についていた貧乏神でした。しょぼい大名行列についてきた丹生山で怪我を、当地の薬師如来に治療してもらうかわりに、福を呼び込むことを約束させられてしまったのです。はたして非力でまとまりのない七福神は、力になってくれるのでしょうか。

 

計画倒産を思いついた先代ご隠居は、実は勤勉で賢く糞真面目な反面、気が弱く手先は器用という複雑な人物です。その気質は4人の息子にひとつずつ受け継がれたようなのですが、それを一つの人格の中に併せ持つと「悪」になると、著者は登場人物に語らせています。よく理解できていないのですが、大悪人の資質とはそういうものなのかもしれません。感動シーンにもことかかない、「浅田ワールド」全開の作品でした。

 

2021/6