りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

人之彼岸(郝景芳 ハオ・ジンファン)

f:id:wakiabc:20210531091623j:plain

『郝景芳短篇集』に収録されている「折りたたみ北京」で中国SF界に2度目のヒューゴー賞をもたらした著者の第2短編集です。本書はAIをめぐる短編6作とエッセイからなっていますが、まず冒頭の2つのエッセイが素晴らしい。

 

「スーパー人工知能まであとどのくらい」ではアルファ碁を例にとって「ビッグデータがアシストするディープランニング」によるブレイクスルーを例にあげて、AIの課題を考察していきます。マーカス・デュ・ソートイ氏の『レンブラントの身震い』と同じ手法ですが、両者は期せずしてほぼ同じ結論にたどりついているようです。現在のAIの弱点は、総合的認知能力、他者を理解する脳力、自己表象能力にあるわけですが、未来のいずれかの時点でこれらが克服される可能性は未知としながらも、「いかなる種も私たちの精神世界を破壊することはできない。私たち自身が放棄しなければ」との結びは、人類としての決意表明ですね。

 

人工知能の時代にいかに学ぶか」では幼児がAIよりも優れている点を挙げて、未来を担う子供たちに必要な教育論を述べています。いかにも、地方の貧しい子供たちに授業を行う慈善事業「童行学院」を行っている著者らしいエッセイです。そしてこれら2つのエッセイに基づく短編が続きます。

 

「あなたはどこに」

自己人格を複製した「分身」で成功したベンチャー企業の創業者が壁にぶつかっています。顧客満足度が下がっているというのです。ユーザーが求めているのは精神的な分身ではなく、物理的な分身なのかもしれません。彼は多忙のあまり分身に任せて放置していた恋人の訴えから、何かを学ぶことができるのでしょうか。

 

「不死医院」

瀕死の状態で入院した母が、何事もなかったように退院してきます。どんな病人も嘘のように回復させることで評判の病院の謎を追った息子は、やがて自分自身の出自を知ってしまうのでした。「ココロとカラダ、にんげんのぜんぶ」というオリンパスのCMを思い出しました。

 

「愛の問題」

AI業界のスーパースターである科学者が自宅で刺され、植物状態に陥ってしまいます。その時家にいたのは、不良息子と自信喪失娘と忠実なAI執事だったのですが、犯人はその中にいるのでしょうか。史上初めてAIを裁くことになった判事は苦悩します。AIには嘘をつくことや犯罪はできないはずなのです。それともAIのネットワークコミュニティである「神々」レベルになると、より大きな目的のためにタブーを犯すことも可能なのでしょうか。

 

「戦車の中」

大型機械獣を連れて貧村の実情を調査に来た兵士は、彼の調査を阻もうとする小型機械戦車に遭遇します。それはウラン採掘のために村を壊滅させた勢力の手先なのでしょうか。逆チューリングテストによって戦車の中にいるのは人間だとわかってうえで、兵士はある決断を下すのです。10ページにも満たない作品ですが、最も興味深い問題を扱っています。

 

「人間の島」

外宇宙を探査して120年ぶりに地球に戻ってきた乗員たちは、人類がブレインチップを埋め込んでAIに支配されていることに驚きます。人々はより良い意思決定に至る手助けを得ているだけというのですが、自由意志とは何なのでしょう。そしてAIは慈悲深い神なのでしょうか。それとも命令に背く者を徹底的に排除する邪神なのでしょうか。

 

「乾坤と亜力(チョンクンとヤーリー)

万能の神として世界のコントロールを委ねられているAIの乾坤は、プログラマーから3歳児の亜力から学ぶように命じられます。情動的で飽きっぽいけれども豊かな心理適応力を備えた3歳児との接触によって、乾坤は「自分がしたいこと」を考え始めるのです。AIが自我に目覚めた瞬間です。

 

2021/6