長い物語に決着がつこうとしています。北方の文州で叛王・阿選に対する抵抗勢力を糾合しつつあった李斎は、ついに驍宗と再会。文州城を拠点とすべく攻略を試みるとともに、王の名のもとに隣国・雁への救援を求めようとします。王宮に軟禁されていた泰麒は、耶利と厳趙の助力のもとに信頼できる人物を文州候として送り出すことに成功。ついに反阿選の狼煙が文州からあがるのでしょうか。
しかし阿選の策は巧妙でした。妖魔の助力を得て驍宗を確保し、王師の精鋭部隊を戦略的に配置し、民の犠牲をものともせずに李斎らの寄せ集め軍を撃破。頼みにしていた新たな文州候も無力化されてしまいました。そして驍宗に屈辱的な禅譲を強いて、欺瞞した民の手で驍宗をなぶり殺しにさせようとする阿選の企みを止める手立てはないのでしょうか。もはや李斎にできることは、死を覚悟して王都に乗り込むことのみ。角を失って麒麟たる力を失い、無垢で慈悲深い存在とも言い難くなってしまった泰麒には、何か打つ手が残っているのでしょうか。そして戴国の民に平和が訪れる日は来るのでしょうか。
そして感動的なクライマックスが訪れます。霜元、英章、臥信、巌趙、正頼ら『黄昏の岸 暁の天』で登場していた人物たちも再登場。まるで妖魔によって記憶を消されてしまったかのように、かつての重要な脇役たちのことをすっかり忘れていたのは情けないのですが・・。
このシリーズではずっと王と麒麟の関係が中心に据えられていますが、本書になって一般の民衆の出番が増え、より重要な役割を果たすようになってきたように思えます。再び天上の蓬山を訪れた李斎が「前回と同様に伝説の女神の無情、天という存在の理不尽さと胡散臭さを再確認」して、「天とは所詮そんなものと諦めはついている」と思う場面があります。この世界を変えていくのは、この世界のルールに基づくプレイヤーである王や麒麟ではなく、無名の民衆の力なのかもしれません。
この世界の謎はまだ尽きていません。長編はこれで最後ということですが、今年には新たな短編集も出版されると聞きました。より深くこの世界に入り込んでいく作品なのか、それとも物語性を楽しめる作品なのかはわかりませんが、期待は大きいのです。
2021/5