りぼんの読書ノート

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アンチェルの蝶(遠田潤子)

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幕末の奄美大島が舞台の『月桃夜』でファンタジーノヴェル大賞を受賞した作家の2作目としては、かなり意表を着かれました。本書は現代の大阪を舞台とするダークな作品なのです。もっとも虐げられた少年少女の純愛と悲劇というテーマは共通しているのですが。

 

大阪の港に近い下町で薄汚くてガラの悪い居酒屋を営んでいる藤太の元へ、中学時代の同級生で弁護士をしている秋雄が少女を連れて訪れてきます。その少女ほづみは、2人が中学時代に親しくしていたいづみの娘であり、しばらく預かって欲しいというのです。そのまま秋雄は失踪し、安ウォッカに溺れている一人暮らしの40男と、幼い頃から世話をしてくれた秋雄を恋しがる少女の、ぎこちない共同生活が始まります。

 

しかし25年前に、いったい何があったのでしょう。中学を卒業して以来、顔を合わせることも避けてきた3人は、なぜ今でも互いの心を縛り合っているのでしょう。中学時代の三角関係など時が経てば思い出にすぎなくなるものですが、彼らの場合には決して風化しえない事情があったようです。親に虐げられていたことを唯一の共通点として繋がり合った3人は、ある陰惨な事件にも関わっていたのです。

 

著者は本書について「一度は人生を捨てた男の再生の物語」と語っていますが、本当に明るい結末であって欲しいもの。いづみの死は秋雄によって告げられただけですし、一応はオープンエンディングなのですけれど。タイトルのアンチェルとは、アウシュヴィッツで妻子を亡くしたユダヤチェコ人の音楽家の名前。3人の心を結び付けてくれた音楽が、彼の指揮による「新世界より」だったのです。

 

2021/3