りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

死にがいを求めて生きているの(朝井リョウ)

f:id:wakiabc:20201206133646j:plain

伊坂幸太郎さんが発案し、8組9人の作家が集結して「対立」を共通のテーマとする作品を競作したという「螺旋プロジェクト」の第1弾が本書です。

 

舞台は平成。植物状態となって入院中の青年・南水智也と、毎日のように彼を見舞う堀北雄介の間には、どのような関係があるのでしょう。幼馴染みではあるものの、自己顕示欲が強くいつもやりがいのあることを見つけて張り切ってきた雄介と、そんな彼を冷静な目で見つめてきた智也は、なぜ長期に渡る友人で居続けられたのでしょう。

 

小学校のクラスで浮かないように立ち回る転校生、中学時代に雄介を怖がり智也に恋した女性の同級生、注目を浴びようと焦る大学生、時代に取り残された中年ディレクター、毎日の繰り返しに倦んだ看護師の視点が、2人の不思議な関係を綴っていきます。さらにそこからは、平成という時代において特徴的な対立関係が浮かび上がってくるのです。

 

著者は本書の執筆に際して、自分は無価値と思い込んで犯罪に走った者たちが起こした事件を思い浮かべたそうです。表向きは競争を排除した教育を受けて、「ナンバーワンになるために競争して脱落する辛さ」の代わりに「オンリーワンになれと言われた先の何もない地獄」に心当たりがあるという著者は、それらの事件を起こした者たちは、自分自身の延長線上にいると感じたとのこと。しかし「生きがいがなければ生きている意味はない」なんてことはないはずなのです。

 

このような難しいテーマに挑みながら、最終章では「螺旋プロジェクト」のテーマである「山族と海族の対立」も綺麗に織り込んでくれました。人と競ったり対立する気持ちを許容しながら、それが本人や他者を傷つけることに向かわない方向に向かわせないためには、何が必要なのでしょう。そして、全ての鍵を握っていそうな南水智也が、植物状態を脱することはあるのでしょうか。微妙な縛りはあっても、小説というものは成立するのですね。

 

2021/1