りぼんの読書ノート

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風かおる(葉室麟)

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福岡黒田藩において将来を嘱望されていた佐十郎の人生は、10年前に大きく変わってしまいました。妻が不義を働いて駆け落ちしたことで、藩籍を離れて妻敵討ちの旅に出ることになってしまったのです。それが全て奸計であったと知った佐十郎は、真の敵と果し合いをするために帰藩したものの、彼の身体は既に死病に侵されていたのです。佐十郎のかつての養女で鍼灸医となっていた菜摘は、間違いなく討たれると知りながら治療を施すことに葛藤を覚え、果し合いを止めさせるべく相手を探ろうとするのですが・・。

 

九州の諸藩にとって、藩の外交官ともいえる長崎聞役は優秀な若手の登竜門であったそうです。その時代に鍵があると知った菜摘は、佐十郎と同じ時期に長崎聞役を務めた4人の友人たちを調べ始めます。亡くなった1人を除く3人は、いずれも藩の重役に就いているのですが、その中に真犯人がいるのでしょうか。それとも彼らは皆、共謀しているのでしょうか。やがて彼女が知った真実は、あまりにも哀しいものでした。

 

普通の人間が抱く些細な負の感情が取り返しのつかない事態に繋がってしまうことは、イジメやパワハラや怨恨絡みの事件などの形で、現在でも繰り返し起こっています。そんな時に「何かひとつ良い風さえ吹けば」大事に至らずに事件は防げるのかもしれません。蘭方医の亮と菜摘の若い夫婦や、事件をきっかけに付き合い始めそうな誠之助と千沙には、「この世によき香りをもたらす風」になって欲しいものです。おそらくそれは、2017年に急逝された著者の意図だったに違いないと思えるのです。

 

2020/10