15【稚児桜(澤田瞳子)】
副題は「能楽物語」。著名な能の演目をモチーフとしながら、オリジナルの物語を重層的に捻ることによって、人間の情念を深く描き出しています。時代小説の名手の筆が冴え渡っています。
「やま巡り-山姥」
遊女の舞が山姥を成仏させるという物語は、背景に2人の因縁を置くことで異なる意味を有してきます。かつて母親に棄てられた娘の心中にあるものは、憎悪なのでしょうか。それとも一縷の愛着が残されているのでしょうか。
「子狐の剣-小鍛冶」
勅命で剣を打つ刀匠の相槌をふるったのは、稲荷明神の精霊だったのでしょうか。優れた腕を持ちながら驕慢で、刀匠の娘を孕ませて逐電した一番弟子という人物を造形することで、物語はまるで異なった様相を見せ始めます。
「稚児桜-花月」
清水寺の稚児の舞姿を見て、かつて行方不明になった息子を見出した僧の物語は、美談なのでしょうか。父の心の狡さを悟ってしまった息子がとった行動は、驚くべきものでした。
「鮎-国栖(くず)」
甥の大友皇子から逃れて吉野に向った大海人皇子を蔵王権現が救った物語は、生々しい挙兵を神佑に変えたものなのでしょう。没落しつつある蘇我一族から間諜として送り込まれた娘は、讃良女王のしたたかな人心掌握術を見て、自分の生きるべき道を見出します。
「漁師とその妻-善知鳥(うとう)」
オリジナルは、殺生の罪に苦しむ猟師の亡霊を弔う僧侶の物語。しかしその漁師は、殺生を好む妻から逃げ出して生きているとしたら、どのような物語になるのでしょう。猛妻の虜となった僧が気の毒です。
「大臣の娘-雲雀山」
讒言を信じて一人娘の中将姫の殺害を従者に命じたほどの父親は、そう簡単に心変わりするものなのでしょうか。山里に隠れ住んだ中将姫を密かに守り育てた乳母は、自分の娘から恨まれてはいなかったのでしょうか。周囲の人々の思惑で更なる悲劇に見舞われる、初心な姫君が哀れです。
「秋の扇-斑女(はんじょ)」
約束を交わした地方の遊女がそれを信じて上京してきたら、男はどう思うのでしょう。普通の妻子ある男ならうろたえますよね。そんな男を信じてしまった女は気の毒ですが、初心すぎます。
「照日の鏡(葵上)」
照日という巫女が、葵上に取り憑いた六条御息所の生霊の正体を見破るというのが演目の前半。しかし照日は生霊が見たいという人の心に寄り添っただけだとしたら、葵上は何を源氏に伝えたかったのでしょう。照日に憑坐(つきまし)として雇われた醜い田舎娘が、当時を回想します。
2020/8