今月の1位は、日本小説界界に西洋歴史文学等というジャンルを切り開いた著者による『ナポレオン3部作』。さすがの安定感ですが、少々文体を変えたでしょうか。ジャン=クリストフ・グランジェの新作も読み応えありましたが、大きな収穫は日本SF界を担う高島雄哉さんと宮内悠介さんを知ったこと。どちらも40代前半と脂が乗りきっている年代ですね。
1.ナポレオン(佐藤賢一)
「民主主義という高邁な理想を掲げた人たちが破綻していく物語」であった大作『小説フランス革命』の次に著者が次に選んだ題材が『ナポレオン』であったのは必然なのでしょう。破綻した民主主義の代わりに強権政治が選ばれることは、歴史上何度も繰り返されていますが、その原点はナポレオンなのですから。コルシカ島の小貴族の次男として生まれたナポレオンが、権力を掌握し転落へと至る過程が、第1巻「台頭篇」、第2巻「野望篇」、第3巻「転落篇」の三部作でじっくりと描かれます。
2.死者の国(ジャン=クリストフ・グランジェ)
『コウノトリの道』、『クリムゾン・リバー』、『狼の帝国』で読者の度肝を抜いてくれた著者の久しぶりの翻訳は、なんと700ページを超えるポケミス史上最大の厚さですが、読み始めたら一気です。ゴヤの不気味な絵画のような姿で殺害されたストリッパーの犯人を追う刑事が、自分と被害者、容疑者、弁護士を結びつける一本の線を見出していく過程はスリリング。そして『死者の国』というタイトルの意味を理解した時には唖然とさせられることでしょう。
3.三ノ池植物園標本室(ほしおさなえ)
心身をすり減らして会社を辞めた女性の転身というと、最近よく見る導入ですが、本書は一味違います。郊外の古い一軒家に引っ越し、近くの植物園標本室でバイトをはじめた女性は、一世代前にそこで起こった悲恋物語に巻き込まれていくのです。彼女ががこつこつ刺し続ける刺繍の糸が、時を超えて繋がる様々な思いを解きほぐして編みなおしていくようです。
【別格】
・エデンの東 上(ジョン・スタインベック)
・エデンの東 下(ジョン・スタインベック)
【その他今月読んだ本】
・献灯使(多和田葉子)
・迷うことについて(レベッカ・ソルニット)
・美女いくさ(諸田玲子)
・とめどなく囁く(桐野夏生)
・旅に出る時ほほえみを (ナターリヤ・ソコローワ)
・あとは野となれ大和撫子(宮内悠介)
・ランドスケープと夏の定理(高島雄哉)
・盤上の夜(宮内悠介)
・物語ベルギーの歴史(松尾秀哉)
・ヨハネスブルグの天使たち(宮内悠介)
2020/5/30