りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

あとは野となれ大和撫子(宮内悠介)

f:id:wakiabc:20200426112116j:plain

近未来の中央アジアを舞台とする『後宮小説酒見賢一)』のような趣で始まる物語ですが、後半になって既存国家や宗教勢力の狭間に建国された移民国家がいかにして生き残ることができるのか、という課題と向き合っていく作品です。著者は『盤上の夜』で2012年上半期の直木賞候補となって以来、各文学賞の受賞・候補の常連となっている気鋭のSF作家です。 

 

本書の舞台は中央アジアのアラルスタン。ソ連時代末期に、アラル海消滅の跡地に建国された架空の国家です。イスラム教徒が多い砂漠の小国でありながら、多くの移民・難民を受け入れて技術立国を目指しているものの、周辺国家との紛争が絶えません。主人公は日本から国際協力で訪問していた両親を紛争で亡くし、現地で難民化した少女ナツキ。彼女は将来有望な女性たちの高等教育の場となっている後宮に引き取られて、日夜勉学に励んでいました。 

 

しかし祝典の日に現大統領が暗殺されて事態は一変。反政府武装勢力の襲撃を前にして、国家の中枢を担っていた男たちは逃亡し、残されたのは後宮の少女のみ。彼女たちは自分たちの居場所を守るため、自ら臨時政府を立ち上げて反政府勢力に対峙し、「国家をやってみる」べく奮闘を始めます。 

 

少女たちの出自は様々です。チェチェンから亡命してきたアイシャ。チェルノブイリ被爆2世だるジャミラウズベキスタンから売られてきたジーラ。ほかにも内戦や迫害から逃れてきたクルド人やハザラ人など。このメンバーを見るだけで「寄せ集め状況」は一目瞭然。しかもほとんどの国で、女性たちの地位は低いのです。周囲の政治・宗教状況は複雑であり、彼女たちをも巻き込む陰謀が渦巻く中で、素人の少女たちだけで国家の独立を保てるのでしょうか。 

 

ところどころにご都合主義が顔をのぞかせますが、もともと不可能への挑戦ですから仕方ありませんね。「政治・宗教・人権」の三権分立という不思議な国家運営原則も、こういう国家ならやむを得ないでしょう。芯となる「技術」がしっかりしている・・ように思わせる点は、さすがSF作家です。楽しい作品でした。この著者の作品を読むのは初めてでしたが、もっと読んでみようと思います。 

 

2020/5