りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

とめどなく囁く(桐野夏生)

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7年前の海難事故で前夫・庸介を失った41歳の早樹は、72歳の資産家・塩崎と再婚。彼も前妻を突然の病気で失っており、互いに配偶者を亡くした者どうしの夫婦生活は静かで落ち着いたものとなるはずだったのですが・・。 

 

物語のモチーフとして、庭園の石組みにもぐりこんだという蛇が使われています。2人の生活に忍び込んできた1匹めの蛇は、塩崎の次女で早樹と同年齢の真矢。父親と不仲だったという真矢は結婚式にも出ず、ブログに父親と早樹の悪口を書きまくっているようです。2匹めの蛇は、ついに遺体が発見されることがなかった前夫の庸介。庸介の母親や実家の父親から、庸介に似た人を見かけたという情報が、今になってもたらされるのです。真矢の悪意は気になるものの、当時の庸介の友人たちにあらためて連絡を取った早樹は、自分が知らなかった事実に気づいて庸介に対する疑念を深めていくのでした。 

 

何が真実かわからない状態は不安なもの。しかし早樹は「自分こそが庭先の蛇ではないか」という思いに襲われます。現在の自分は真矢にとって、塩崎家に忍び込んだ蛇なのではないか。また過去の自分はほかの誰かにとって、庸介との生活に忍び込んだ蛇だったのではないか、と。 

 

しかしどんなに嫌なものであっても、重い石を取り除いて正体を見なければ対応しようがありません。そこで思考停止してはいけないというのが合理的な考えなのですが、それは常に正しいことなのでしょうか。世の中には、知らずに済ませておかったほうが良いものもあるようです。そんなぞくっとする情念を感じる作品でした。互いに会ったこともないまま憎みあっていた真矢は、実はいいキャラだったのですけどね。 

 

2020/5