りぼんの読書ノート

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椿宿の辺りに(梨木香歩)

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全く予備知識を持たずに読んでいたので、本書が『f植物園の巣穴』の姉妹編であることに、終盤まで気づきませんでした。でも気付いた時には興奮したので、知らなくて良かったのかもしれません。 

 

主人公の名前はなんと山幸彦。山彦を通称として化粧品会社で皮膚科学研究員を務める彼は、30台の若さで肩痛に悩まされ、従妹の勧める鍼灸師を訪れます。従妹の名前はもっと気の毒なことに海幸比子。こちらも海子という通称で通しています。鍼灸師の双子で霊感があるという老女の勧めで、椿宿なる地にある先祖代々伝わる屋敷に向います。 

 

彼がそこで見知ったことは、宙幸彦という親類の存在であり、屋敷の中庭にある稲荷の祠にまつわる言い伝えであり、曾祖父が屋根裏に隠した「f植物園の巣穴に入りて」なる書き付けの存在でした。もっともその書き付けは行方をくらました宙幸彦によって持ち去られており、山彦は最後になってその内容を知ることになるのです。 

 

神話的な世界が、自然の摂理とあいまって重層的な物語を作り出していきます。自然環境の歪みが、遠く離れた子孫に異変をもたらしたのか、老女が得た霊感はどこから来たものなのか、物語は謎を遺したまま終わります。しかし著者のこれまでの著作と同様に、自然と人間の関係について、深いインスピレーションを感じさせてくれる作品でした。 

 

ついでながら、数年前に『家守綺譚』の舞台となった八風街道永源寺を訪れました。往時の生き物たちが怖れていたダムによって愛知川の流れは制御されていますが、今でも豊かな自然に囲まれたのどかな場所でした。そして永源寺蕎麦のおいしかったこと! 

 

2020/4