りぼんの読書ノート

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深読みシェイクスピア(松岡和子)

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著者は長年かけてシェイクスピアの全作品37本の翻訳に取り組んでおり、先日NHK出演の際に語っていたところでは「あと3本」にまで迫っているとのこと。蜷川幸雄さんから「シェイクスピア全作の上演をぜんぶ松岡さんの訳でいくからね」と言われて始まったそうですが、本書では彼女の翻訳の深さを語ってくれています。 

 

もちろん、シェイクスピア翻訳は難しいのです。当時の古英語を日本語化する困難のみならず、古典とは多くの解釈を経た後にも常に新しい作品であり、新たな翻訳者は過去の解釈とも対決しなければならないのですから。そんな中での彼女の武器は、女性であるがうえの新たな視点に加えて、舞台の稽古に立ち会って上演台本作成に参加しながら翻訳原文の修正を行っているということでしょう。 

 

本書においても、一流役者の方々から多くのものを得た事例が多く語られています。松たか子のオフィーリア解釈に教えられ、蒼井優の疑問からはオセローがデズデモーナを疑う瞬間に、唐沢寿明の演技からはマクベス夫妻の絆が破綻する瞬間に気付き、山崎努が発したリア王の言葉から「here」の解釈を見直し、佐藤藍子の立ち姿からはジュリエットの強さを学んだというのです。 

 

とりわけ過去の男性翻訳者たちが翻訳した女性像が、時代的な制約もあって「夫から一歩下がった貞淑な女性になってしまいがちだった」との指摘は鋭いですね。女性言葉への翻訳の仕方で意味合いが大きく異なってしまうのは、日本語特有の難しさかもしれません。今この時代に、女性である著者の翻訳が求められている理由のひとつなのでしょう。「原文はけっして古びないけれど翻訳は古びる」そうですから。 

 

2020/3