りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

夢も見ずに眠った。(絲山秋子)

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ロールモデルを失った世代」における夫婦像を描いた作品と言ってしまうと、本書の凄みを伝えきれないかもしれません。本書の良さは、ひとつひとつの会話、その背景にある各地方の風景、さらにそれらと連動して揺らぐ心象描写などのデテイルにあるのです。従ってあらすじ的な紹介など無意味なのですが、メモとして以下を記しておきます。 

 

主人公は高之と沙和子。学生時代に知り合い、高之が失業中に結婚したことで、金融機関に勤めている沙和子は、婿養子に入った夫を経済的に支えるかたちになっています。夫の計画性のなさにいら立つ佐和子は、夫を実家のある熊谷に残して札幌へと単身赴任。別れて暮らすうちにすれ違いも増え、高之は鬱の兆候を示し始めたこともあって、2人は離婚。やがて再会した2人は、互いに何を思うのでしょう。 

 

冒頭の岡山でのシーン。一緒に倉敷に向かうはずだったのに、高之が笠岡の「カブトガニ博物館」に行くことを提案したことでぎくしゃくしてしまいます。ひとりで博物館を訪れた高之は、オスがメスに引っ張ってもらっているようなカブトガニの生態に目を留めますが、そのイメージが作品全体のベースに流れているようです。 

 

まるでロードノヴェルのように、埼玉、大津、遠野、函館、江差、青梅、横浜、松江、奥出雲を経て20年後に因縁の岡山に戻ってきた2人は、いろいろな意味で成熟しています。そして2人の関係を見つめてきた読者もまた、成熟したかのように思わせてくれる作品でした。 

 

2020/2