人生の岐路に立っている人々が、1枚の絵画と出会ったことを契機として自らの運命を変えていく、6つの短編が収録されています。この著者の作品を読むと、美術館に足を運んでみたくなりますね。
「群青」
眼病に侵されて、メトロポリタン美術館の教育部門から退職する美青が最後に向かい合ったのは、ピカソの青の時代を象徴する「盲人の食事」。彼女は、画家が描きたかったであろうものにようやく気づくのです。
「デルフトの眺望」
大手ギャラリーの営業部長を務めるなづきは、父が亡くなる直前に「窓」のある施設に移れたことに感謝しています。父が最後に見た街並みは、フェルメールが創り得た奇跡のような風景と比べても遜色ないものであったのでしょう。
「マドンナ」
なづきの部下のあおいは、認知症の母が入院した知らせを出張先のフィレンツェで受け取ります。ラファエロの「大公の聖母」が、彼女の母への思いを新たにさせてくれます。
「薔薇色の人生」
美術展のチケットを残して去っていった詐欺師に騙された、多恵子の心を癒してくれたのは、ゴッホの「ばら」でした。
「豪奢」
IT長者の愛人としてくらす紗季は、マティスの「豪奢」を見て、この世で最も贅沢なことに気づきます。それは豪華なものを身にまとうのではなくて脱ぎ捨てること。彼女は新しい人生に踏み出していくのでしょう。
「道」
著名な美術評論家となった翠に、両親の離婚で運命を分かった兄を思い出させたのは、東山魁夷の「道」でした。絵が得意な兄は、幼い妹を喜ばせるために、宝物だったチョークで路上に絵を描いてくれていたのです。
2019/9