りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

2022-01-01から1ヶ月間の記事一覧

2022/1 Best 3

1.遠巷説百物語(京極夏彦) 11年ぶりのシリーズ新作の舞台は遠野でした。『遠野物語』の現代語訳まで出した著者ですから、遠野独特の怪異を中心とする物語を期待していたのですが、竹原春泉による日本画集『絵本百物語』をベースとする方式は崩していま…

ヴェニスに死す(トーマス・マン)

学生時代に名画座でヴィスコンティ監督による「ベニスに死す」を見終えた時に、見知らぬ男子学生が「難解だなぁ」と嘆息したことが記憶に残っています。「美少年に惹かれるあまり狂気の中で死んでいく老醜の男性」という存在は、彼の理解を越えていたのでし…

トニオ・クレーガー(トーマス・マン)

1901年に26歳の若さで『ブデンブローク一家(未読)』によってデビューした著者が、その2年後に雑誌に発表した短編です。後に自叙伝で「自分の心に深く結びついた、忘れ難い作品」と評されたこの短編は、自伝的要素を含んでいると言われています。 確…

カンガルー・ノート(安部公房)

著者の遺作と伝えられる作品です。出版当時に読んだ時にはほとんど理解できなかった記憶があります。ただ冒頭で主人公が語る「有袋類が真獣類の不器用な模倣」という言葉が強く印象に残りました。コアラやカンガルーを見るたびに浮かんできたこの言葉は、こ…

まぜるな危険(高野史緒)

ロシア文学にSFを加味した作品というと、著者の代表作ともいえる『カラマーゾフの妹』と同じ手法ですが、この短編集は一味違います。SFのほうにも元ネタとなる作品があり、不思議な効果を醸し出しているのです。これぞ高野ワールド! 「アントンと清姫」…

果てしなき石ノ森章太郎(ヤマザキマリほか)

NHKのEテレで放送された「「100分de名著」の「石ノ森章太郎」の回をもとにして出版されたアンソロジーでは、あらゆるジャンルに取り組んだ不世出の「萬画家」石ノ森章太郎のレガシーについて、多様な世代の4人の論者が語り尽くしています。 「さる…

アポロンと5つの神託 4.傲慢王の墓(リック・リオーダン)

父神ゼウスから「ギリシャ対ローマ」の戦いの発端であったとみなされ、罰としてレスターという16歳の人間に落とされたアポロンの冒険の目的は、現代に蘇った邪悪なローマ三皇帝に奪われた5か所の神託地を奪い返すこと。神の面影もないヘタレのレスターで…

遠巷説百物語(京極夏彦)

11年ぶりのシリーズ新作の舞台は南部家の遠野でした。『遠野物語』の現代語訳まで出した著者ですが、竹原春泉による日本画集『絵本百物語』をベースとする方式は崩さなかったため、遠野独特の怪異を主役にはできなかったようです。もっとも著者は独特の民…

物語オーストリアの歴史(山之内克子)

ローマ帝国の前線基地を源流とし、神聖ローマ帝国としてヨーロッパに君臨したハプスブルク家の宮都として栄え、モーツアルトやクリムトなどの音楽家・芸術家を生み出したオーストリアは、オスマントルコの侵攻、第一次世界大戦敗北後の帝国解体、ナチスドイ…

物語スイスの歴史(森田安一)

中公新書が不定期に出版している「物語世界史シリーズ」は、それぞれの国に対する第一人者がさまざまな切り口で各国を紹介してくれるものであり、興味深い作品が多いのです。これまで10冊程度読んだでしょうか。本書では、ヨーロッパに中央に位置する永世…

雲を紡ぐ(伊吹有喜)

「高校生直木賞受賞作」とあったので何かと思ったら、直木賞候補作の中から高校生が選考する文学賞のことだそうです。本書は岩手県・盛岡市周辺で盛んであった毛織物「ホームスパン」をめぐる親子三代の物語です。 いじめが原因で不登校中の高校生・美緒が心…

尼子姫十勇士(諸田玲子)

真田幸村に仕えたとされるのが猿飛佐助や霧隠才蔵などの「真田十勇士」ですが、こちらは毛利に滅ぼされた尼子氏の残党が姫のもとに結集して出雲国奪還を目指す物語。総大将となる尼子傍系の勝久と、大将の山中鹿介は実在した人物ですが、それ以外は著者の創…

赤いモレスキンの女(アントワーヌ・ローラン)

『ミッテランの帽子』では失われた帽子が持ち主のもとに戻ってくるまでの2年間の間に、それを手にした人々の運命の変化を描いた著者ですが、本書もまた遺失物が関わる物語。モレスキンとは世界的に有名な手帳のことです。 パリで書店を営むローランは、離婚…

オビー(キム・ヘジン)

最底辺に生きる男女が抱く「今だけ良ければよい」という感覚を透徹した観察眼で描いた長編『中央駅』で知った作家です。短編集である本書にも、今を生きる不安定な若者たちの仕事や社会との関りをテーマとする作品が多く収録されています。 「オビー」 バイ…

長い終わりが始まる(山崎ナオコーラ)

マンドリンサークルに所属している大学4年生の小笠原は、未来になんて興味がありません。就職活動よりも趣味のマンドリンに命をかけているくらいなのですが、うまく人間関係がとれないためにサークル内でも重要なポジションを任せてもらえません。指揮者を…

折り紙大名(矢的竜)

江戸時代前期の綱吉時代に上総国佐貫藩の藩主であった松平重治は、身分違いの者に書状を出したことを咎められて改易となり、会津藩に預けられた直後に病死したそうです。著者の創作意欲を掻き立てた謎めいた処罰理由と、高家の次男として生まれた重治が礼儀…

一人称単数(村上春樹)

2005年に出版された『東京奇譚集』の続編のような短編集であり、018年から2020年にかけて「文學界」に掲載された7作品と書下ろし1作品からなっています。奇妙な話から不思議な話へと次第に温度をあげていくなかで「春樹ワールド」が姿を現して…

想い人(諸田玲子)

「あくじゃれ瓢六捕物帖」シリーズの第6作が3年前に出ていたとは知りませんでした。もっともこのシリーズは、2001年の第1作から3~4年の間隔で忘れたころに出版されてきていますので、リアルタイムで読んでいた読者にとっては慣れたものなのかもし…

身内のよんどころない事情により(ペーター・テリン)

激しく虚実が入り混じる物語の主人公は、中堅作家ながら文壇では目立たない存在にすぎない作家のエミール。気の進まない作家の集まりを欠席する言い訳として「身内のよんどころない事情により」という嘘をついたところから物語が始まります。 その嘘をきっか…

いつかの岸辺に跳ねていく(加納朋子)

前半の「フラット」と後半の「レリーフ」からなっている、幼馴染の護と徹子の物語。 「フラット」で護が語るのは、ちょっと変わった徹子の物語。はじめに「これは恋とか愛とかの物語ではない」とことわっていますが、もちろんそんなことはありません。変わり…