りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

2020-03-01から1ヶ月間の記事一覧

2020/3 Best 3

3月は「脱出」の物語を多く読みました。1位とした『西への出口』やノンフィクションの『シリア』は現代の中東難民の物語であり、2位とした『地下鉄道』は独立戦争前の南部から北部へと脱出をはかる少女の物語。3位とした『何があってもおかしくない』や…

何があってもおかしくない(エリザベス・ストラウト)

前作の長編『私の名前はルーシー・バートン』の姉妹編にあたる連作短編集です。といっても直接ルーシーが登場するのは1作のみで、他の8作は彼女の出身地である、イリノイ州アムギャッシュという架空の田舎町に住む人々が主人公。それぞれにルーシー一家と…

飢餓同盟(安部公房)

1954年に著された本書は、ドストエフスキーの『悪霊』を下敷きにして、地方都市で反乱を起こそうとして失敗した者たちの姿を描いた作品です。著者自身が「類型におちた失敗作」と評価しているように、反乱の手法は未熟であり、展開もかなりとっちらかっ…

シンコ・エスキーナス街の罠(マリオ・バルガス=リョサ)

1990年のペルー大統領選挙に無党派市民運動の指導者として出馬したバルガス=リョサは、混血者や貧困層を支持基盤とするフジモリに敗れています。しかし後に独裁的な統治を批判されたフジモリは大統領を辞職し、人権侵害罪などで有罪判決を受けて収監さ…

トラットリア・ラファーノ(上田早夕里)

「オーシャン・クロニクルシリーズ」をはじめとするハードSFの著者が、このような作品を書いているとは知りませんでした。本書は、友情と恋愛の間で揺れ動く男女の心の機微を捉えた作品なのです。 兄と妹が中心になって開いている、神戸・元町のイタリア料…

シリア 震える橋を渡って人々は語る(ウェンディ・パールマン)

アサド政権による圧制とシリア内戦、大量な難民流出やイスラム国による支配など、この数年でシリアという国に対する印象は非情に悪化しています。しかしセンセーショナルなニュースと比較すると、そんな国家に住んでいる普通の人々の苦しみや悲しみはあまり…

西への出口(モーシン・ハミッド)

物語が始まるのは、中東のどこかと思われるものの地名が明かされない国の都会です。大学の夜間授業で出会ったサイードとナディアは恋に落ちますが、その時そこでは内戦が起ころうとしていたのです。市外戦、砲撃、空爆が日常化していく中でサイードの母親が…

物語イランの歴史(宮田律)

「イランの歴史」ですから、古代から現代までの長い期間を対象としていますが、本書の重点は現代史です。イランとアメリカが相互不信に陥るまでの関係を解き明かすための新書といっても良いくらいです。 ギリシャ都市国家と覇を競った後にアレクサンドロスに…

古城ホテル(ジェニファー・イーガン)

大恐慌期から第二次大戦までの暗い時代をアメリカの覇権が始まった時期として捉え、その時代に強く生きた女性を描いた『マンハッタン・ビーチ』が素晴らしかったので、本書を読みましたが少々期待外れでした。本書は「風変わりなゴシックホラー」とでもいう…

キャッツ(T.S.エリオット)

映画版「キャッツ」を見てきました。生々しい人猫CGを不気味と感じた人も多かったようですが、素晴らしい音楽と演技の前には、そんなことは気になりませんでした。オリジナルのミュージカルを少しだけ変えた、視点猫を据えたストーリーも成功していると思…

人みな眠りて(カート・ヴォネガット)

20世紀後半に活躍した作家ヴィネガットの未発表短編集の第2弾。「モラリストの力」と表題を付けたデイヴ・エガース氏の後書きに、「ものごとを明らかにしてきちんとメッセージを伝える短篇」であると述べていますが、そういう作品は決して古びないもので…

ジョン・マン7 邂逅編(山本一力)

1849年、万次郎が乗り込んだ捕鯨船フランクリン号は、3年4か月ぶりにニューベッドフォードに帰港します。航海途中で精神に異常をきたした船長を拘束するなどの異常事態も起こったものの、乗組員は全員無事で鯨も大漁。しかも万次郎は一等航海士に昇格…

地下鉄道(コルソン・ホワイトヘッド)

南北戦争以前のアメリカには、南部の奴隷州から北部の自由州へ向かう奴隷たちの脱出を助ける「地下鉄道」なる組織があったそうです。しかしこれはコードネームであり、本物の鉄道が敷かれていたわけではありません。子供のころにそれを本物の地下鉄と思い込…

美しき愚かものたちのタブロー(原田マハ)

1959年に設立された国立西洋美術館は、戦時中フランスに没収された「松方コレクション」が日本に寄贈返還される際の条件として建設されたものです。2019年に書かれた本書は、著者による「美術館設立60周年へのはなむけ」であるとのこと。美術館の…

アンジュと頭獅王(吉田修一)

中世に成立した説経節「さんせう太夫」は、童話「安寿と厨子王丸」や森鷗外『山椒大夫』として広まっていますが、著者は何故、今この時代に現代訳を試みたのでしょう。でもタイトルの姉弟の漢字がちょっと違いますね。本書では時空を超えて安寿と厨子王が冒…

半分のぼった黄色い太陽(チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ)

タイトルの意味は、1967年から3年間だけ存在したビアフラ共和国の国旗のデザインです。この国家は、数百万人が飢餓で亡くなったとされる絶望的な戦争によって滅び去り、現在はナイジェリアの一部となっています。もともと部族や宗教が異なる北部(ハウ…

深読みシェイクスピア(松岡和子)

著者は長年かけてシェイクスピアの全作品37本の翻訳に取り組んでおり、先日NHK出演の際に語っていたところでは「あと3本」にまで迫っているとのこと。蜷川幸雄さんから「シェイクスピア全作の上演をぜんぶ松岡さんの訳でいくからね」と言われて始まっ…

天龍院亜希子の日記(安壇美緒)

本書のタイトルを見て「鬼龍院花子の生涯」を思い浮かべてしまった人は多いはず。私も波乱万丈の展開を期待してしまったひとりです。しかし本書は、人材派遣会社に勤める平凡な青年の日常生活を描いた作品でした。しかも名前だけ凄かったかつての同級生「天…

江戸を愛して愛されて(杉浦日向子)

漫画家で江戸風俗研究者でもあった著者の、江戸に関する単行本未収録エッセイ集です。そういえば葛飾北斎の娘であるお栄のことを初めて知ったのは、著者の代表作である『百日紅』でのことでした。 吉原の初春風景や江戸庶民の四季折々の楽しみに触れた「四季…

めぐらし屋(堀江敏幸)

主人公の蕗子さんは、就職して20年近くなるというから、たぶんアラフォー世代。母親はすでに亡く、母親と離婚してから疎遠にしていた父親が亡くなって、遺品整理をしている中で「めぐらし屋」と記されたノートを見つけます。そして父のアパートに「めぐら…

中央駅(キム・ヘジン)

キャリーケースひとつを転がして、ソウル駅と思われる架空の駅前広場に流れ着いた男は、ホームレスです。すぐに全財産ともいえるキャリーケースを女に盗まれ、復讐心に燃えて女を探し当てたものの、既に監禁された後。女は言います。「かわりに、身体を一回…

オリーブの海(ケヴィン・ヘンクス)

すぐれた児童文学作品に贈られるニューベリー賞の受賞作ですが、およそ児童文学らしからぬ書き出しです。「オリーブは死んだ」というのですから。本書の主人公はオリーブの同級生だった12歳のマーサなのですが、2人はほとんど口もきいたことがありません…