りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

2013-05-01から1ヶ月間の記事一覧

2013/5 クラウド・アトラス(デイヴィッド・ミッチェル)

高村さんの新作も、ル・カレさんの新作も良かったけれど、5月のベストは映画にもなった『クラウド・アトラス』。時代を超えて「六重奏曲」のように響きあう6つの物語を貫くテーマには、心を揺さぶられます。 わくわくしながら読んだのは、冲方丁さんの「マ…

夜の底は柔らかな幻(恩田陸)

国家権力も及ばない「途鎖国」は、特殊能力を持つ「在色者」たちを輩出する地域でした。年に一度の「闇月」の期間、無法地帯となる「ヤマ」で壮絶なバトルが繰り広げられます。 ヤマの長「ソク」になったという凶悪テロリストの神山を追って入山したのは、か…

大統領の遺産(ライオネル・デヴィッドスン)

タイトルにある「大統領」とは、イスラエル初代大統領ハイム・ワイツマンのこと。政治家であったと同時に著名な化学者だったワイツマンの書簡編纂に携わる現代史家イゴーが、書簡に隠されていた秘密を解き明かしていく物語。 その秘密とは、サツマイモから生…

マルドゥック・フラグメンツ(冲方丁)

『マルドゥック・スクランブル』と『マルドゥック・ヴェロシティ』に書き記されなかった3作の短編と、第3部『アノニマス』の序章ともいうべき2作の短編からなる作品です。 「マルドゥック・スクランブル“104”」 ウフコックとボイルドがペアを組んでいた時…

ブエノスアイレス食堂(カルロス・バルマセーダ)

「アルゼンチン・ノワール」と紹介されていたので、どんな本かと思ったら、いきなりカニバリズムでのけぞりました。しかし「ホラー」的な箇所はごくわずかであり、大半は1世紀に渡って存続した「ブエノスアイレス食堂」の受難の歴史です。それは、欧州各地…

所有せざる人々(ル=グィン)

同じ世界観を共有する「ハイニッシュ・ユニバース・シリーズ」ですが、初期作品に顕著な幻想性は第4作の『闇の左手』以降は薄まり、第5作の本書は哲学的ともいえる作品になっています。 恒星タウ・セティをめぐる姉妹星ウラスとアナレスは、全く異なる世界…

ソフロニア嬢、空賊の秘宝を探る(ゲイル・キャリガー)

「アレクシア女史シリーズ」も完結し、いよいよ新シリーズが開始されました。「吸血鬼や人狼らと人類が共存するヴィクトリア朝英国」という、前作と同じ世界観を共有するスチームパンクですが、時代は25年ほど遡ります。 花嫁学校(フィニシング・スクール…

われらが背きし者(ジョン・ル・カレ)

ハリウッド映画などで見る「スパイ」は、現場でとっさに判断して独断専行を許される存在のようですが、実際には上司の許可や資金の裏づけがないと行動できない組織の一員なんですよね。ル・カレさんやレン・デイトンさんのリアリティに満ちた「英国スパイ小…

インターネットを探して(アンドリュー・ブルーム)

自宅のケーブルをリスにかじられてインターネットと切断された体験から、著者は「モノとしてのインターネット」を強く意識し始めます。つい数年前までは夢として語られていたユビキタス社会もほぼ実現した現在、どこにでもあると思いがちなインターネットで…

大空のドロテ 3(瀬名秀明)

瀬名さんによる「ルパン像再構築」の試みである本書を理解するために、ルパン作品を12冊も読んだのですが、それだけの価値はあったと思います。本書のためというより、ルブランの「ルパン・シリーズ」自体を楽しめましたので。 さて、「ルパン最後の大事件…

虎の牙(モーリス・ルブラン)

『813事件』の後で死を噂されたルパンが、スペイン貴族ドン・ルイス・ペレンナとして再登場した3部作の最後の1巻。これまで数々の女性と浮名を流し、悲劇的な恋を経験してきたルパンが、ついに最愛の女性と巡り合って「引退」するきっかけとなった事件…

金三角(モーリス・ルブラン)

新潮文庫版の「ルパン傑作集」全10巻には収録されていない作品です。『続813』のラストで自死を装ったルパンが、スペイン貴族にしてフランス外人部隊の英雄、ドン・ルイス・ペレンナとして再登場する3部作の第1作。 第一次世界大戦の最中、フランスか…

辺境の惑星(ル=グィン)

『ロカノンの世界』に続く、「ハイニッシュ・ユニバース・シリーズ」の第2作です。前作からだいぶ時がたっているようですが、なんせ「辺境」ですので、銀河の中心部で行われた戦いの行方など、この星には情報すらも伝わってきていません。 中世的な城塞都市…

修道士カドフェル14 アイトン・フォレストの隠者(エリス・ピーターズ)

シリーズ14作めである本書には、オックスフォードでスティーブン王に包囲された女帝モードの苦境が反映されています。修道院のあるシュールズベリーは、内戦時代においても比較的安定していたのですが、やはり影響を免れることはできないようです。 近郊の…

極北(マーセル・セロー)

極寒のシベリア。文明は崩壊しており、「天国よりもさらに空っぽな街」で孤独に生き延びているメイクピース。凍てついた心は、ひとたびは同居人として迎え入れた少女の死と、飛行機の墜落の目撃によって揺り動かされます。しかし主人公が見出したものは、文…

大空のドロテ 2(瀬名秀明)

瀬名さんによる「ルパン像再構築」の試みである本書を読むために、新潮文庫版の『ルパン傑作集』を読んだものの、一番関係の深い『虎の牙』は含まれていませんでした。それなのに第2巻を読んでしまいました。不覚です。 ともあれ、ルパンによる盗難予告を受…

ルパン傑作集10.棺桶島(モーリス・ルブラン)

『813』のラストで断崖から身を投げたルパンが、スペイン貴族にしてフランス外人部隊の英雄、ドン・ルイス・ペレンナとして再登場する3部作の2作めにあたります。 これまでの「ルパン・シリーズ」と異なるテイストであり、横溝正史の『八つ墓村』や『獄…

経済学の犯罪-稀少性の経済から過剰性の経済へ(佐伯啓思)

「アベノミクス」の有効性はまだわかりませんが、「TPP」参加の前提である「グローバリズム」の正当性について、著者は疑問を投げかけます。たやすく国境を越える資本と情報に対して、労働力はそれほどでもなく、土地に至っては動かしようもありません。…

長門守の陰謀(藤沢周平)

藤沢周平さんの初期短編集。表題作は庄内藩で実際に起きたお家騒動の顛末記であり、史実研究よりも先んじて調査を行い、小説に仕上げた作品です。『用心棒日月抄』をはじめ、著者のライフワークのようになった「お家騒動もの」の原点なのでしょう。 「夢ぞ見…

冷血 下巻(高村薫)

クリスマス前夜に起きた「一家四人殺害事件」の犯人は、上巻の時点ですでに両名とも逮捕されています。下巻の第3章「個々の生、または死」は、犯人たちと対峙する合田刑事の苦悩に費やされます。殺人犯たちは、現代の司法制度が求める「動機」と「殺意の有…

冷血 上巻(高村薫)

『マークスの山』、『照柿』、『レディ・ジョーカー』の主人公であった刑事・合田雄一郎が殺人事件に挑むという構図は、著者の「ミステリ回帰」を期待させます。しかも、クリスマスに起きた「一家四人殺人事件」だといいますから、『レディ・ジョーカー』が…

マルドゥック・ヴェロシティ(冲方丁)

『マルドゥック・スクランブル』の前日譚である本書は、本編で敵役となるディムズデイル=ボイルドを主人公として、異能力者による証人保護システム「09」の誕生から、ボイルドが虚無に飲み込まれてしまうまでのいきさつを描いた物語。 ボイルド/薬物中毒…

マルドゥック・スクランブル(冲方丁)

ウィリアム・ギブソンの『ニューロマンサー』に始まる「サイバーパンクSF」が日本文化の影響を受けていることは知られていますが、本書はそのひとつの到達点であるように思えます。 一見華やかでありながら極端な貧富の差を併せ持つ未来都市マルドゥック・…

クラウド・アトラス(デイヴィッド・ミッチェル)

マトリューシカのような「入れ子構造」を持つ6つの物語からなる本書では、まるで「六重奏曲」のように、ひとつのテーマが繰り返して奏でられます。「彗星のアザ」を持つ6人の男女が時代を超えて奏でるテーマは、最後の1行に要約されているのでしょう。「…