2011-04-01から1ヶ月間の記事一覧
今月上位に選んだ『チボの狂宴』、『オリクスとクレイク』、『イギリス人の患者』の3作は、時代も国も異なっていますが、前月の『バウドリーノ』と同様にどれも主題が明確であり、複雑なストーリーを見事に、しかもある種の「謎解き」までおまけについてい…
徳川三代将軍・家光の時代に、魚屋・一心太助を従えて「天下のご意見番」を任じたという大久保彦左衛門の逸話は後世の講談や講釈の中での創作ですが、彼の遺した『三河物語』は家康と家臣団の苦難の時期の戦闘記録であり、太平の世に不遇となった武功派の武…
映画「イングリッシュ・ペイシェント」は、アルマーシとキャサリンの不倫に重点を置いて美しく仕上げていますが、原作はこの人の小説らしく、より重層的で多面的です。それは、第二次世界大戦末期、フィレンツェ郊外の修道院を舞台にして、心に深い傷を負っ…
言わずと知れた文豪ディケンズの名作です。著者には、『ディビッド・コパフィールド』や『大いなる遺産』など、「孤児」を主人公とした作品が多いのですが、19世紀イングランド下層階級の厳しい世相を描くには、世間の荒波に直接にさらされる「孤児」とい…
太平洋戦争によって2つの祖国を引き裂かれ、白人との露骨な差別を受けながらも、日本との戦争に赴いていった日系移民2世たちの物語。優秀な成績で大学を卒業し、就職も婚約も決まって順風満帆の未来に踏み出そうとしているヘンリーと、自分を棄てた母への…
『僕とカミンスキー』で流行作家の仲間入りをして、ガウスとフンボルトの事績を追った『世界の測量』で世界的なベストセラー作家となったドイツ人著者による連作短編集です。 といっても、9つの短編に登場する人物はそれぞれ異なっています。これは同じ時間…
先月読んだ『蘇えるスナイパー(スティーヴン・ハンター)』のレビューに、「シルバー・アクションともいえる分野が生まれているのでは?」と書きましたが、本書もそんな一冊です。「アクション」というには、かなりコミカルに描かれていますけど。^^ 60…
2009年のノーベル文学賞を受賞した著者の受賞第一作は、近代化が進行する中で民族主義者と共産主義者の抗争によって多くの死者を出し、最後にはクーデターに至る1970年代後半のイスタンブールを舞台とした物語でした。といっても、政治や暴力は本書…
同棲中のDV男から逃れて南の町にたどり着いた東京の女子大生・瑛(てる)は、「灰色の男」から逃げているという7歳の少年・ニノと出会います。さらに南へと逃避行を続ける2人ですが、いつまでも逃げ続けることはできません。いつかは戦わなくてはいけな…
31年間に渡ってドミニカ共和国に圧政を敷いた独裁者トゥルヒーリョが暗殺された1961年5月前後を4つの視点から描いた、ノーベル賞受賞作家による力作です。4つの視点とは、トゥルヒーリョ自身、腹心の軍人や政治家、暗殺を企てた将校たち、そして当…
現役講談師による、女芸人「平(たいら)の琴音」の成長と挫折の物語。三浦しをんさんの審査による「新潮エンターテイメント大賞」受賞作です。基本的には男社会である「お笑いの世界」で、芸にも恋にも友情にも悩みながら生きていく「女子芸人」の成長物語…
「タスマニア」の素晴らしさを紹介する本。オーストラリア最南端に浮かび南極に面するタスマニアは、本土とはバス海峡によって隔てられているため、気候も動植物も異なっているそうです。まさに世界で「オンリーワン」の地域。 島の20%もが世界自然遺産地…
1950年代のアイオワ、「居眠りしているようなスモールタウン」のエイムズで育ち、「背が高くてハンサムな夫と可愛い2人の子どもと愛犬に囲まれてピクニックしている、美人でお洒落な女性」を理想としていた著者が、実際に母親となって娘のジェニファー…
『吉原手引草』で葛城花魁の失踪事件があった舞鶴屋を舞台に、楼主・庄右衛門が、器量も気性も正反対ながら、ともに廓を代表する存在となった2人の花魁の物語を年季明けまでの十数年間を、1年の各月にたとえた年代記形式で綴っていきます。 小夜衣(さよぎ…
「無人島にひとつ好きなものを持っていくとしたら、迷わず口紅を選ぶだろう」というほど化粧に興味があった結乃は、大学卒業後、地元のショッピングセンターの化粧品カウンターに勤めるビューティ・パートナーとなります。 念願の「ひとをきれいにする仕事」…
宋建国の英雄・楊業の死で『楊家将』が終わってから2年。生き残った息子たちが再建した楊家軍がふたたび、宋と遼の間の政治に巻き込まれ、両国間で結ばれた「澶淵の盟」の礎となって、亡んでいくまでの物語。 「続編」というよりも「新展開」といえる内容で…
『ナイチンゲールの沈黙』で、右眼球摘出手術を受けた少年・佐々木アツシは、残された左眼にも同じ網膜芽腫(レティノ)を発症し、特効薬の認可を待って5年間の人工凍眠に入ります。 もちろん現在の医療技術で人工凍眠などは不可能です。その意味ではSF的…
『極大射程』からはじまる、「ボブ・リー・スワガー」シリーズの6作め。日本刀(『四十七人目の男』)やインディ・カーレース(『黄昏の狙撃手』)の話の後なので、久々の本業回帰。やはり射撃手としてのボブ・リー・スワガーでなくては魅力ありませんね。 …
朝日新聞に連載されているエッセイの単行本化、第8作です。このシリーズの存在を忘れていましたので、間が空いてしまいました。本書に収められた対象期間は、2008年春~2009年末です。 2008年夏には、映画「ザ・マジックアワー」が公開されてい…
「勝海舟の妹と五人の男」と副題の通り、勝海舟の妹で佐久間象山の妻となった女性・お順を主人公として、江戸末期から幕末、明治を女性の視点から描いた作品なのですが、主役でも観察者でもない「歴史の脇役」の目から、歴史のダイナミズムを捉えることは難…
表紙は、1944年6月6日におけるドーバー海峡付近の気象図です。連合軍の対ドイツ反攻のハイライトであった、ノルマンディー上陸作戦の成功の裏には「発達した低気圧の狭間の一時的な平穏時」の決行という、ドイツ軍の意表を衝いた「気象予想」があった…
江戸時代中期、安永から天明期というと八代将軍吉宗による「享保の改革」が頓挫して、田沼意次によるバブル経済へと向かいつつあった頃。この時代に活躍した不世出の歌舞伎役者・初代中村仲蔵の生涯を描いた作品です。 孤児として生まれて、中村座の唄うたい…
マッド・サイエンティストによる人類文明崩壊の物語ですが、旧人類をほぼ滅亡させたクレイクによって創り出された新人類「クレイカー=クレイクの子供たち」の設計思想がそのまま、現在の人類に対する警鐘となっています。 狩猟も農業もしない採集者であるが…
魅力的な授業をし、問題児も立ち直らせ、教師と生徒の間のトラブルも手際よく解決し、モンスター・ペアレントすら説得してしまう、とびきり有能な若い教師。理想的な存在ですよね。女生徒の人気を博するのは当然で「親衛隊」すら出来てしまう。 でも、その教…
桜庭一樹さんが、本署の解説にこんな文章をことを書いています。「ほんとうにあぶない本は、最初の一行でわかる、と思う」「でも、ほんとうに、読んで・・・いいのか?」 確かにキャロルの小説は、そういう「あぶない」作品ばかりなのですが、短編集の本書に…
茶道小説『雨にも負けず粗茶一服』の続編です。武家茶道坂東巴流の家元の長男として生まれた友衛遊馬が、自分の将来に疑問を感じて旅立ったものの、本家筋にあたる京都巴流宗家の人々たちと縁あって交流したことから、再び茶道に引き寄せられたところまでが…