りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

2011-03-01から1ヶ月間の記事一覧

2011/3 バウドリーノ(ウンベルト・エーコ)

2011年3月は、東日本大震災が起きた月として長く記憶されることでしょう。多くの人々の人生が、運命が、一瞬にして変わってしまい、後遺症も長く続きそうです。直接の被害にあった方々とは比べ物になりませんが、新浦安の街も液状化の被害を受け、私も…

史記武帝紀4(北方謙三)

匈奴から河南を奪還し、西域への道を開いた武帝でしたが、若き勇将・霍去病の急死を境にひとつの時代が終わったかのようです。まだ40歳にすぎないのですが、かつて始皇帝が行なった泰山封禅(天と地に王の即位を知らせ天下太平を感謝する儀式)を挙行する…

今朝の春 - みをつくし料理帖4(高田郁)

料理人・澪の成長を描く、シリーズ4作めも楽しく読ませていただきました。まだまだ「マンネリ化」は先のようです。 「花嫁御寮-ははきぎ飯」 大店・伊勢屋のわがままお嬢様の美緒に、大奥奉公の話が持ち上がり、澪は料理の先生役を頼まれてしまいます。「…

聖母の贈り物(ウィリアム・トレヴァー)

クレストブックスの『密会』が素晴らしかったので、本書も手に取ったのですが、やはり期待は裏切られませんでした。普通ならば著者の底意地悪さが出るような、人間の愚かな振る舞いを冷静に観察した記述は、決して冷酷ではないのです。短い文章の中でここま…

老人と宇宙(そら)4 ゾーイの物語(ジョン・スコルジー)

第3作『最後の星戦』でシリーズは完結しています。シリーズの主人公であったジョンとジェーンの養女で、重要な役割を果たした少女ゾーイの視点から『最後の聖戦』の物語を描写することによって、作品の奥行きを深めたサイドストーリーにあたる作品です。 こ…

項羽と劉邦(司馬遼太郎)

始皇帝没後の大乱を制して漢帝国を樹立する劉邦の物語は『史記』の白眉でしょう。日本でも古くから親しまれていたことは、「四面楚歌」、「国士無双」、「背水の陣」、「左遷」、「将に将たり」、「雌雄を決す」など、『史記』を出展とする成語が数多く伝わ…

友を選ばば(荒山徹)

「友を選ばば」とくれば「三銃士」となるように、本書はダルタニアンの冒険譚ですが、時代は下ってアトス、ポルトス、アラミスは既に引退。ダルタニアンは銃士隊の副隊長、実質的な最高責任者に成長しています。 第一線を退いている隊長トレヴィルから命じら…

昼の家、夜の家(オルガ・トカルチュク)

かつてのドイツ領で、チェコとの国境に接するポーランドの小さな町ノヴァ・ルダは、「存在の境界でみじんも動かずに、ただありつづける町」。そこに移り住んだ語り手の女性が、町にかかわるさまざまな物語を綴っていきます。 111もの断片的な物語は、語り…

はむ・はたる(西條奈加)

「大江戸もどきファンタジー」から人情時代小説作家へと転身(?)した西条さん、上手になっていますけど、その分、迫力が薄れるのは仕方ないのでしょうか。 本書は「大江戸BOP小説」ともいえる『烏金』の続編で、前作の主役・金貸しの浅吉がまっとうな商売…

大気を変える錬金術(トーマス・ヘイガー)

イギリスの科学者クルックスは、19世紀末に「飢餓の時代の到来」を予言しました。人口増加が食料生産の限界を超える日が近いというのです。自然界に存在する固定窒素の総量では40億人を養うのが限界と試算されていますから、彼の予言は、あながち見当違…

純粋理性批判殺人事件(マイケル・グレゴリオ)

現在はポーランドとリトアニアに挟まれるロシアの飛地、カリーニングラードは、かつてはケーニヒスベルクと呼ばれる、東プロイセンの中心都市でした。この都市が輩出した有名人は多いのですが、筆頭はやはり哲学者カントでしょう。 1804年、ナポレオンの…

墓場の少年(ニール・ゲイマン)

英米の児童文学賞をダブル受賞した作品ですが、もともとは著者が自分の子どもたちのために書いた物語だそうです。なんと贅沢なこと! 両親と姉が殺害された夜、隣の墓地に迷い込んだ赤ん坊は、幽霊たちに育てられます。赤ん坊を「ノーボディ」と名づけ、ボッ…

TAP(グレッグ・イーガン)

グレッグ・イーガンというと「ハードSF」の印象が強いのですが、本書に収録された短編を読むと、「身体感覚」にも関心がある作家のようです。すなわち、遺伝子の操作やテクノロジーを通じて「モノ化」された身体は何を求めるのか。その時、生命や人間性は…

ふくら雀-ひやめし冬馬四季綴2(米村圭伍)

シリーズ第2作。前作で、クール・ビューティの家老の娘に懸想したことから、家老一派の悪事を暴くことになってしまったものの、全ては極秘扱いされたため、冷や飯食いの身分からの脱却は叶わなかった、下士の次男の冬馬ですが、「邪魔妹(じゃまいも)」扱…

小説のように(アリス・マンロー)

前作『林檎の木の下で』は、作者の先祖の物語から連なる作者自身の人生の物語となっていましたし、それ以前の『木星の月』にも自伝的な作品が含まれていましたが、本書はタイトル作の表題が象徴しているように、完全な「Fiction」です。70代となった著者は…

田舎の紳士服店のモデルの妻(宮下奈都)

一流会社でエリートコースを歩んでいた夫が、突然会社を辞めて田舎にUターン。どうやら軽い鬱病のようなのです。今まで何不自由なく都会生活を楽しんでいた妻の梨々子は自分に言い聞かせます。「これは一時的なことで、すぐに戻って来れるに違いない」でも…

宇宙飛行士オモン・ラー(ヴィクトル・ペレーヴィン)

これはまた、なんという小説なのでしょう。 アポロの月面着陸に対抗するソ連は、月の裏側への着陸をめざすのですが、これがとんでもないローテクで、月に行っても帰ってはこれない特攻飛行。ロケットを切り離すたびに犠牲者を出し、月面探索機を漕ぐのは自転…

フランキー・マシーンの冬(ドン・ウィンズロウ)

大傑作『犬の力』に続く本書は、円熟感たっぷりのクライム・ノヴェルでした。 生まれ育ったサンディエゴで釣り餌屋、魚介販売などを営むのに忙しくしながらも、朝夕にはサーフィンを楽しみ、愛する娘や、恋人や、別れた元妻とも交流を保ち、地元住民から親し…

伏 贋作・里見八犬伝(桜庭一樹)

『八犬伝』の中で生理的に納得できなかった部分は、伏姫と犬との結婚です。玉梓の呪いによって畜生道に落とされた里見家は、八犬士の活躍によって清められ、救済を得るのですが、汚濁が清浄に転じるという弁証法的な大技には無理があると思えてならなかった…

フリーター、家を買う。(有川浩)

ドラマは見てませんでしたが、二宮クンや、香里菜や、竹中直人や、大友康平などの出演者が番宣に出まくってましたので、登場人物のイメージが出来てしまいました。「自衛隊三部作」や「図書館シリーズ」の著者による「社会派物語」がどんなものか、興味を持…

あなたはひとりぼっちじゃない(アダム・ヘイズリット)

まずは、巻末の著者の言葉を、そのまま引用しておきましょう。「父親が精神を病んでいたので、そういう精神状態にいる人やその家族の気持ちを理解できるし、ぼく自身がゲイなのでゲイの男性が作品に登場するが、精神の病いやゲイをテーマに小説を書いたので…

楊家将(北方謙三)

『水滸伝』と『楊令伝』の原点は、ここにあったのですね。宋帝国が建国された時代の英雄・楊業とその一族を描いた歴史ロマンです。 北漢の軍閥だった楊家は、信を置けない北漢皇帝を見限って、北進する宋に帰順。ここに宋の中原制圧は成るのですが、燕雲十六…

下流の宴(林真理子)

「一億総中流」と言われていた時代があったのは、今や昔。「現代の日本が格差社会になっている」というのは既に常識ですが、何世代にも渡る蓄えがあるわけでもない中流家庭が下流に転落するのも、たやすいことのようです。 それなりの教育を受けて、平穏な家…

死者を侮るなかれ(ボストン・テラン)

本書のストーリーは極めてシンプルであり、LAの公共事業に絡む不正と金が殺人へと発展する「卑俗でありきたりの物語」に過ぎないのですが、著者の手にかかるとそれが「運命の物語」へと変貌を遂げてしまうのだから驚きです。 この物語を非凡な作品としてい…

バウドリーノ(ウンベルト・エーコ)

大傑作『薔薇の名前』が「中世における異端」をテーマとした物語であるとしたら、本書は「中世における虚構」をテーマとした作品といえるでしょう。 1204年、十字軍に蹂躙されるコンスタンチノープルから、ビザンチンの歴史家ニケタスを救出した男、バウ…

十字軍物語1(塩野七生)

キリスト教や近代思想に基づく史観を排して、「時代の合理性」のみで歴史を解説する「塩野史観」によって書かれるにふさわしいテーマのNo.1は、二大一神教徒たちが直接対決した「十字軍」なのかもしれません。 全3巻シリーズの第1巻は全て第一次十字軍…