2010-02-01から1ヶ月間の記事一覧
『アナンシの血脈』や『アメリカン・ゴッズ』などの傑作ファンタジーを著わしているニール・ゲイマンの短編集です。冒頭の「翠色の習作」はヒューゴー賞を受賞しており、SF作家とも言われていますが、強いて言えば「幻想小説作家」にあたるのでしょうか。…
中世ヨーロッパでは、幼児や少年を「献身者」として修道院に預け入れる習慣があったそうです。修道院に預けられた者は、一定の見習い期間を過ぎると剃髪し、修道士となって、俗世間に戻ることができなくなる定めでした。修道院の外の世界を知らないまま、ほ…
『極大射程』にはじまる「ボブ&アール・スワガー・サーガ」は『狩りのとき』で区切りがついているのですが、天才的な狙撃手アール・スワガーというアメリカン・ヒーロー的なキャラクターを手放すのが惜しかったんでしょうね。前作の『四十七人目の男』に続…
『万延元年のフットボール』に続いて、大江さん中期の名作を再読しました。 もと大物政治家秘書の大木勇魚が、知恵遅れの幼児ジンとともに核シェルターに籠って「樹木と鯨の魂」と交感する生活を送っているなか、「自由航海団」を名乗る反社会的な青年集団と…
『象の消滅』に続いてアメリカで出版された短編集の逆輸入版・第2集です。まずは、本書のイントロダクションで村上春樹さんが述べている言葉を紹介しておきましょう。 長編小説を書くことは「挑戦」であり、短編小説を書くことは「喜び」である。長編小説が…
日本人の服装がほぼ完全に洋服に変わったのは、戦後になってからだそうです。日本が敗戦の傷跡から急速に復興しつつある時代、衣服革命も静かに進行していました。洋裁教室ブームの到来です。そういえば私の母も洋裁が得意だったなぁ・・。 船場の良家の譲は…
『ハイペリオン』、『ハイペリオンの没落』、『エンディミオン』と続いた長い長い4部作もついに完結しました。全ての主要な謎が解かれ、人類は新たな一歩を踏み出すに至ります。 前巻で「時間の墓標」から現れた少女アイネイアーと、彼女を守り抜いて異空間…
時は明治。舞台は播磨の奥で日本の近代産業を支えた生野銀山。神戸と兵庫の女性を描いてきた著者には珍しく、本書の中心となる人物は、鉱山一の稼ぎをたたき出す逞しい青年坑夫・雷太です。とはいえ、著者が描きたかったのは、一介の杭夫でありながら鉱山の…
2008年に急逝された巨匠のパソコンから発見された作品です。『ジュラシック・パーク』や『タイムライン』など、「科学技術小説作家」の印象が強い著者ですが、本書は17世紀のカリブの海賊を主人公に据えた、海洋冒険小説。もちろん操船や砲撃などの技…
『空飛ぶタイヤ』で、自動車会社のコンプライアンス違反問題を中心に据えて、それを巡る周囲の人々を主人公とした群像小説を描いた池井戸さんの次の作品のテーマは、「ゼネコン談合」でした。 建設現場から業務課へと異動した中堅建設会社・一松組の若手社員…
ホンジュラス生まれのエル・サルバドル人で、2度に渡って亡命を余儀なくされ、現在はカナダに在住している作家の作品です。 著者の来歴そのままに、中米で国境を接する両国にまたがって生きる家族が、近親憎悪ともいうべき両国間の対立に翻弄される物語。こ…
「闇の左手」とは「光」のこと。「闇」は「光の右手」であり、両者は不可分一体のもの。一見対立している「生と死」も、「男と女」も、「自と他」も、別ちがたい存在なのです。 本書は単独で十分に成立しているのですが、「ハイニッシュ・ユニバース」シリー…
「結婚小説」の執筆依頼を受けた、39歳・独身作家の本田貴世ですが、書けません。何しろ経験がありませんから。リサーチのために「蕎麦打ち合コン」に出かけますが、急性蕎麦アレルギーで途中退場。 でも、人の運命はわからないものです。やはり取材のため…
イングランド王座をめぐる女帝モードとスティーブン王の争いは小康状態。この巻は、盗難・殺人事件の真犯人を捜索するという、ミステリ要素が強い内容ですが、著者がここで紹介したかったのは、中世における修道院の「庇護権」ですね。 夜半の祈りが捧げられ…
明治中期にアラスカにたどり着いて、エスキモーの女性を妻としてエスキモー社会に溶け込み、エスキモーたちを率いて新天地への移住を行いて「ジャパニーズ・モーゼ」と呼ばれた男がいたというのですから、驚きです。 その男・フランク安田は宮城県石巻に生ま…
1968年夏。まだアメリカ軍の施政権下にあった沖縄カデナ基地は、ベトナム空爆の拠点となっていました。巨大で醜い胴体に満載した爆弾を、連日北ベトナムに「配達」するB52の動向は、ソ連や中国の偽装漁船から報告されていたとのことですが、沖縄にも…
北欧のどこか、バルト海沿岸にある小さな町トッド。世界から孤立しているような町の、純朴な町長ティボが恋をします。愛しく思う相手は、ベラスケスの「鏡のヴィーナス」のように美しい町長秘書アガーテ。ところが、町長の恋には障害があったのです。それは…
ドナウ川下流にあるルーマニアの港町ブライラに生まれ、放浪生活を続けていたものの自殺未遂事件をきっかけにロマン・ロランの知遇を得て、フランス語で作品を著わし、「バルカンのゴーリキー」と呼ばれた作家の代表作です。 著者を思わせる青年アドリアンが…
姉妹編の『隠し剣孤影抄』に収められている8編と比較してしまうと、本書の9編は少々落ちるように思えます。もちろんそれぞれの作品は秀逸なのですが、「秘剣」といえどもマンネリ化の運命は逃れがたく、さらにマンネリ化を避けようとするために「変化」を…
ただひとりに授けられた「秘剣」の使い手は、大半が日ごろうだつの上がらない下級武士。とても秘剣の伝承者とは思えないような男女が、お家の一大事や上司の命令や武士の一分のために、やむを得ず最後の手段としてそれまで隠されていた秘剣を使う。まさに、…
山田風太郎さんの『明治小説全集14巻』を読了しました。歴史上の人物や事件を独創的なエピソードで繋ぎ合わせて物語を紡ぎあげる手法の見事さもさることながら、どの作品をとっても、明治維新での敗者や歴史に埋もれた人々を思い遣る精神が底流にある、素…