りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

奈良・京都の古寺めぐり(水野敬三郎)

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本書の副題は「仏像の見かた」であり、飛鳥時代から鎌倉時代にかけての仏像の特徴を、代表的な名作をあげながら紹介してくれています。2012年から2019年にかけてほぼ7年間、大阪で暮らしていたので、奈良・京都には何度も行って寺院や神社、仏像などを拝観してきたのですが、せめて本書の知識くらいは持っておくべきでした。後悔しきりです。多くの名仏を漫然と眺めてきてしまったようです。まあ仏像の種類くらいは知っていましたが。

 

日本の仏像のはじまりは飛鳥仏であり、その始まり621年に止利仏師が製作した法隆寺金堂釈迦三尊像。面長の顔にアルカイックスマイルをたたえ、薄い体を厚い衣で覆った姿は肉体性を感じさせず、厳しい精神性が表現されているようです。数十年後の7世紀中期の代表作がやはり法隆寺の救世観音像と百済観音像。7世紀後半の白鳳時代になると、童顔童型の法輪寺薬師如来坐像・虚空菩薩立像や興福寺仏頭を経て、優しい表情や体形が人間に近づいた中宮寺の半迦思惟像が登場。飛鳥・白鳳期の最後を飾るにふさわしい成熟した仏像です。薬師寺金堂の薬師三尊像もほぼ同時代のもののようです。

 

奈良時代の最盛期にあたる天平期に入ると、興福寺十大弟子像や八部衆像が登場。有名な阿修羅像はその中の一体です。顔つきや体形も人間に近くなり、年齢や性格や感情が表現されてくるわけです。東大寺法華堂の諸像や、東大寺戒壇堂の四天王像、唐招提寺の諸像も、この時代の代表作。天平期の後半に入ると政変や神仏習合の影響もあってか、神護寺薬師如来像や新薬師寺薬師如来像・十二神将像などに見られるように、威圧的で厳しい表情の仏像が増えてきます。

 

平安時代前期には密教彫刻が開花します。東寺講堂の立体曼荼羅を見た時には、張り詰めた雰囲気と立ち並ぶ国宝級の仏像群に腰を抜かしました。ただ9世紀半ばをすぎると表情の緊張感もやや緩んでくるようで、女性的な体形の法華寺の十一面観音像が代表作。光明皇后の似姿と伝えられていますが、かなり後の時代のもののようです。9世紀後半には下ぶくれの顔立ちが流行ったようで、室生寺金堂の五体の像や、醍醐寺の薬師三尊像、清凉寺阿弥陀三尊像などが代表作。

 

平安時代後期には浄土信仰の流行に伴い、温和で瞑想的な表情と豊満な肉体を有する阿弥陀仏の傑作が多数作られます。この様式を完成させたのが「尊容満月の如し」と称賛された定朝ですが、代表作は宇治平等院鳳凰堂阿弥陀如来など。ちなみに屋根上で向き合う鳳凰も定朝作と伝えられているようです。日本独自の彫刻技法である寄木造りや割矧ぎ造りの完成も相まって大陸の影響を脱した国風文化の象徴とされますが、亜流も多いこともあって、この時代の仏像はあまり好きではありません。

 

鎌倉期になると、運慶・快慶に代表される慶派が登場。定朝系統の一派ですが、東大寺南大門二王像のように憤怒の表情と激しい動きの一瞬を見事にとらえた仏像が誕生してきます。著者は、運慶晩年の作である興福寺北円堂の諸像を以って日本彫刻史の集大成として、本書を締めくくっています。大阪を離れる直前に見てきました。私としては快慶作である播磨浄土寺阿弥陀三尊像の方が好みなのですが。

 

著者は「鎌倉期を過ぎると仏像の数は増えるものの、胸を打つ仏像は少なくなる」として、本書を終えています。同感です。関東に戻ってきて、優れた仏像を拝観する機会が減ってしまいました。せめて博物館にでも足繁く通うことにしましょう。もちろん新型コロナ禍が収束してくれることが大前提ですが。

 

2021/2

彼女たちの部屋(レティシア・コロンバニ)

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パリ11区に女性会館(Palais de la Femme)という救世軍の施設があります。300ほどの居室を有し、困窮して住む場所を持たない単身女性や母子を国籍を問わずに受け入れている、20世紀初頭に建設された歴史的建築は、どのようにして今の姿になったのでしょう。本書は、現代のパリでボランティア活動を行う女性ソレーヌが、1920年代のパリでこの施設を作るために戦った救世軍の女性ブランシェを再発見する物語です。

 

クライアントの自殺という大きな挫折によって燃え尽きた40歳の弁護士ソレーヌは、社会復帰のためにボランティア活動を始めます。しかし彼女が紹介された女性会館での代書人という活動は、彼女の想像をはるかに超えていました。自分とはまるで異なる境遇にいる居住者たちから警戒され、無視されながら、ひとりひとりと話し続け、彼女たちの人生に寄り添っていくソレーヌ。親に捨てられた元麻薬依存者のトラブルメーカー、アフリカから亡命してきた母子、夫のDVから逃れてきた婦人、長年路上生活を続けてきた老女・・。しかしようやくここで自分の役割を見つけたと思った矢先に、事件が起こるのです。再度受けた大きな打撃から、彼女はどのように立ち直っていくのでしょう。

 

ソレーヌの物語の幕間に、創立されたばかりの救世軍に入隊し、生涯をかけて街中の貧困に終わりのない戦いを挑んでいたブランシュの、100年前の物語が挿入されていきます。年老いて病を得ながらも、彼女は新たな天啓を得るのです。それは巨大な空き物件を買い取って、困窮する女性たちを住まわせること。もちろん巨額の費用がかかる一方で、手元資金などありません。しかし彼女は良き理解者で同志である夫アルバンとともに、精力的に寄付を募り続けるのです。そして山は動き、奇跡が起こります。

 

本書で描かれた女性たちの悲惨な境遇は、現代の日本でも他人事ではありません。多くのシングルマザー世帯が貧困層に属し、夫や親からのDVに苦しむ女性が後を絶たない中で、民間団体が運営する女性保護シェルターは、行政が把握しているだけで122か所あるとのこと。そこでは多くのソレーヌやブランシュが戦い続けているのでしょう。そんな中で自分にできることは何なのかと、鋭く問いかけてくる作品です。

 

2021/2

 

ビターシュガー(大島真寿美)

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『虹色天気雨』から数年後、市子、奈津、まりの友達関係には変化がありません。もっともそれぞれの生活には大きな変化がありました。奈津は失踪騒ぎを起こした夫・憲吾とは別居して一人娘の美月と2人暮らしの中で、秘書として再び働き始めています。美月ももう中学生で難しい年ごろではあるものの、母親たちの間にもグイグイ入ってくるようになりました。あてにならないカメラマンの旭と別れたまりは、どうやらずっと年上のバツイチ男性に恋してしまった模様。

 

そんな中で市子の生活だけは変化に乏しかったのですが、親しくしているゲイの三宅ちゃんからのたっての願いで、旭をしばらく同居させることになってしまいました。もちろん何もないのですが、なんとなく皆には言い辛い中で美月に嗅ぎつけられて、弱みを握られてしまいます。母親の奈津に内緒で別居中の父親・憲吾に会うために信州に連れて行って欲しいと頼まれ、秘密が増えてしまいます。こんなことで3人の友情に綻びが入ってしまうのでしょうか。

 

でも大丈夫。もちろん秘密はバレますが、大きな波風を立てることもなく、物事は収まるところに収まっていきます。『虹色天気雨』で美月の運動会参観が山場だったように、本書では三宅ちゃんの会社のバイト嬢がオフィスで挙げる結婚式と、皆そろっての信州へのリンゴ狩ツアーで大団円。もちろん3人の関係はその後も続いていくのです。キーワードは「適度な距離感」ですね。

 

2021/2

 

 

虹色天気雨(大島真寿美)

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『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』で直木賞を受賞した著者のメジャーデビュー作は『ピエタ』だと、ずっと誤解していました。先月読んで読後感が良かった『チョコリエッタ』の主人公は少女ですが、こちらはもう30代後半の女性たちが主人公の作品です。

 

市子、奈津、マリの3人は、色々な紆余曲折があったものの、中学・高校から20年来の付き合いを続けています。ライターか評論家と思しき市子は深い恋愛経験はあったものの独身を通しています。モデルだった奈津は結婚して専業主婦となり、一人娘の美月はもう小学生。エネルギッシュで今でもバイクを乗り回しているまりは空間デザイナーで、年下のカメラマンと恋愛中。

 

早朝に突然、市子に奈津からかかってきた電話から物語が始まります。突然家出をしてしまった夫・憲吾を探しに行くので、娘の美月を預かって欲しいというのです。どうやら美月は何か知っているようなのですが、まさか3人の共通の知り合いで、女性ホルモンたっぷりで、結婚や離婚を繰り返している女性・房恵が絡んでいるのでしょうか。実情は想像の斜め上にあって、房恵は別の絡み方をしており、憲吾にはもっと中途半端で無鉄砲な理由があったのですが・・。

 

夫不在の中で、3人の女性と友人たちが揃って美月の運動会を観戦に行く場面が印象的です。憲吾はもちろん、市子やまりがつきあっていた男たちも、仕事や何やらで関係がある男たちも皆、影が薄いか変人なのです。頼りになるのはゲイの三宅ちゃんだけ。男なんていてもいなくても、変わらずに長く続く女性同士の友情が、本書には描かれているのです。解説の北上次郎氏によると、この手の女性友情小説の嚆矢は『女たちのジハード(篠田節子)』であり、そんなに昔のことではないというのですが、どうなのでしょう。

 

2021/2

 

 

愛なき世界(三浦しをん)

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三浦さんは「お仕事小説」の第一人者でもあったのですね。もちろん巷に溢れている成功物語とは一味違って、仕事を通して深遠な世界を垣間見せてくれる作品が多いのです。辞書編集者たちの無限の精進を描いた『舟を編む』も、文楽の世界を描いた『仏果を得ず』も、自然と林業の関りを描いた『神去なあなあ夜話』も、そうでした。本書の主人公は植物学者の卵ですが、やはり気が遠くなるほど奥が深いのです。

 

T大赤門近くの古い洋食屋で料理人見習いをしている藤丸陽太が恋した相手は、T大理学部の植物学研究室の院生である本村紗英でした。しかし彼女が恋している相手は、植物だったのです。しかも彼女は、植物が葉を大きくする秘密を探るために、遺伝子が解明されていてモデル植物となっているシロイヌナズナを相手にして、四重変異体を作ろうと地道な努力を重ねている最中。研究に没頭するあまりに、恋愛に割く時間などないのです。

 

では藤丸は、なぜそんなリケジョに恋してしまったのでしょう。料理制作過程は実験工程に似ているとか、食材の野菜も植物であるとかも理由のひとつなのでしょうが、なんといっても彼自身もひとつの道を究めたいという共通点を持っている人物だからなのでしょう。彼は出前のついでに本村から覗かせてもらった顕微鏡の中の、青く着色された植物の細胞を見て、「銀河だ、満天の星だ」と感激するのです。そういえば『舟を編む』の辞書編集者が恋した相手は板前見習いの女性でした。

 

実験で凡ミスをした本村はセレンディピティ的な挽回を果たせそうですが、それにしたってほんの小さな一歩です。しかも将来的に研究者として身を立てる保証など、どこにもないのです。それでも、本来の優しさを表面に出すことなく死神のような黒服を纏い続ける松田教授の研究室の多彩なメンバーの中で、地道な研究に情熱を燃やすリケジョの姿は魅力的です。藤丸クンもそのうち一人前になって、植物よりも魅力ある存在になれるのかもしれません。

 

2021/2

 

雨上がり月霞む夜(西條奈加)

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2冊続けて『雨月物語』に新解釈を施した作品を読んでしまいました。日本ファンタジーノベル大賞を受賞した『金春屋ゴメス』でデビューした著者は、すっかり正統派時代小説の書き手になってしまったようですが、やはり妖しい物語が似合います。本書は上田秋声が、白話や説話の域を超えた江戸怪異譚の傑作『雨月物語』を生み出すまでの物語。

 

大坂堂島の紙問屋の養子であった秋声は、店を焼いた火事の後に商家再興をあきらめました。医師として身を立てるために幼馴染の雨月が結ぶ庵に居候しながら、医学を学ぶ日々をおくっています。しかし彼は読本作家となる夢を捨てきれないでいたのです。

 

ところで友人の雨月は、飄々とした性格ながら妖しを引き寄せる体質のよう。雨月が「鳥獣戯画」に描かれた大妖が憑依したという子兎を拾ってきたことから、秋声の周囲にも怪事が起こり始めます。祖父が嫁に産ませた不義の子との怨念が起こした火事(紅蓮白峯)。嫁を犠牲にしてまで育てた息子が人非人となってしまった老母の悲しみ(菊女の契)。歳を取らずに帰らぬ夫を待ち続けた美貌の狂女との邂逅(浅時が宿)。僧侶を殺害して手に入れた名画に狂った代官(夢応の金鯉)。無実の父親を主命で討とうとする若侍が見た秀次の幻(修羅の時)。捨て去った亡妻の霊に祟られたと騒ぐ不良亭主(磯良の来訪)

 

不思議なのは、雨月が誰にも会おうとしないこと。そして「遊戯」と名付けられた兎の妖怪も、秋声のことを「真実を見ようとしないがさつ者」となじるのです。ついに遊戯は仲間の白蛇の精に頼み込んで、真女児の悲しい物語を秋声に語ってもらいます(邪性の隠)。さらに美童に迷って鬼となった僧(紺頭巾)の物語を聞いて、雨月が病で亡くなっていたことを思い出すに至ります。

 

では雨月とはいったい何者なのでしょう。なんのために秋声の世話を焼き、あの世とこの世のあわいの世界を秋声に見せ続けるのでしょう。そして雨月の正体に気付くことは、秋声の文才を目覚めさせるのでしょうか。読本作家に欠かせない才能とは、絵空事を操る「創」と、実を肉付けする「存」と、真理を見据えて物語に命を与える「考」だとのこと。己の真理を見失ったままでは秋声の望みは叶わないのですが、それは雨月や遊戯を失うことなのでしょうか。

 

ひとつひとつのエピソードはオリジナルに及ばないのですが、上田秋声が真の作家になるための成長物語として優れた作品です。松井今朝子さんが十返舎一九の誕生を描いた傑作『そろそろ旅に』を思い出しました。「鳥獣戯画」の兎のキャラもいいですね。

 

2021/2

 

 

雨月物語(岩井志麻子)

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池澤夏樹編『日本文学全集11』に円城塔の新訳による『雨月物語』は傑作でした。本書は、母や姉や妻たちの視点から女性の執念の恐ろしさが語られる『岩井志麻子版・雨月物語』です。商家に養子に出された上田秋声の母は、なぜ実子を手放したのでしょう。我が子に対する盲執と歪んだ愛情に苦しみながら亡霊となった母は、なぜ秋声に恐ろしい物語を語り続けたのでしょうか。語り手の女性たちが皆、母の分身のように思えてきます。

 

「白峯」

崇徳院の猛る声とそれをいさめる西行法師の姿を見届けたのは、崇徳院を不義の子として産んだ母である待賢門院璋子でした。息子が浄土へと旅立った後も怪鳥の姿で白峯にとどまる璋子のことを、かつて彼女を愛した西行は気づいてくれたのでしょうか。

 

「菊花の約」

友人宗右衛門をひたすらに待ち焦がれる左門の慟哭を慰めたのは、老いた母だったのでしょうか。それとも宗右衛門を演じた不実な旅芸人を待って狂気に落ちた初心な娘なのでしょうか。時空を超えて虚実が重なり合っていきます。

 

浅茅が宿

夫を待ち続けた妻・宮木の死を知った勝四郎の悲嘆を冷ややかに眺める女は、はるか昔に世を去った真間の手児奈のようです。彼女を殺害したストーカーが作り上げた美談によって伝説の美女とされた女の、男に対する恨みは深いのです。

 

「夢応の鯉魚」

鯉になって池を泳ぎ回った高僧興義が隠し続けたのは、伝説の鯉の絵ではありません。彼には若いころ、琵琶湖で水浴する遊女を犯して殺害した過去があったのです。魚にもなれず人にも戻れず、まして琵琶湖の女神にもなれない遊女の魂が解放される日は来るのでしょうか。

 

「仏法僧」

高野山に留まる関白秀次の荒ぶる魂を諫めたのは、寵童であった美少年・不破万作でした。この作品だけ語り手が男なのですが、彼の心は女なのです。成仏も生まれ変わりもできずに深森に留まらざるを得ないのは、そのためなのでしょうか。

 

吉備津の釜

完璧な妻を演じてきた磯良の凄惨な嫉妬心に追われる正太郎には、愚かながら可愛らしさも感じられます。本当に恐ろしいのは、完璧な娘に嫉妬して、鳴釜占いの不吉な結果を口外せずに不幸な結婚へと追いやった母親なのです。

 

「蛇性の婬」

網元の家の末っ子に生まれた豊男を白蛇の淫靡な美しさに囚われる恐怖に陥れたのは、彼と不義の関係を結んだ義姉だったようです。真女児を追い払っても、魔性の義姉は留まり続けるのです。

 

「青頭巾」

白骨の妄念を隠した青頭巾を成仏させた快庵禅師でしたが、彼にもまた執念深い女の霊が寄り添い続けていたのです。悪霊にもならず、成仏も望まない女の霊が、一番始末に負えないのかもしれません。

 

「貧福論」

貧しかった故に哀しい運命をたどった秋成の母の本音は、この物語に秘められていたのかもしれません。

 

2021/2