祖父が残した川越の小さな活版印刷所「三日月堂」を再開した孫娘の弓子さんと人々の触れ合いを描いた濫作短編集のシリーズは、第4巻でひとまず完結しています。本書は「三日月堂」の過去を尋ねる番外編です。
「ヒーローたちの記念写真」
亡父が遺した西部劇映画の評論を出版しようとする息子の姿を描いた「俺達の西部劇」の前日譚です。時流に乗り遅れた半生を悔やむ映画ライターが書き続けたエッセイは、唯一息子に伝えたいものだったのです。
「星と暗闇」
父親の印刷所を継がなかった青年が天文学者になったのは、幼いころに祖父が山上で見せてくれた怖いくらいに燃える天の川の記憶のためでした。やがて青年は『銀河鉄道の夜』を愛読するギターの得意な女性と結ばれ、可愛い一人娘も生まれるのですが・・。もちろんその娘が弓子です。
「届かない手紙」
母の死後しばらくの間、印刷所を営む祖父母に預けられた弓子が、生活が安定した父親のもとに戻される前の晩、弓子は祖母に手伝ってもらってレターセットを作ります。でも一番届けたい人に手紙が届くことはもうないのです。
「ひこうき雲」
学生時代に女性バンドで歌っていた女性は、結婚をして退職し子育てに専念していたのですが、専制的で子供を愛することもない夫との離婚を決意します。早くに亡くなったバンド仲間の女性の命日に墓前で歌ったことをきっかけにして娘たちと心が通じ合えたことが、きっとこれからの彼女の人生を支えてくれるはず。
「最後のカレンダー」
町の印刷所が廃業した理由は、活版が衰退したことだけではありません。年老いた主人の奥さんの具合が悪くなって、もう長くないと医者から言われたからなのです。お得意様だった和紙店の店主は、印刷所の最後の仕事を手伝いながら、後世に伝えるべき伝統について語り合います。
「空色の冊子」
印刷所の主人が妻を亡くした翌年に大震災が起こります。幸いにも人的被害はなかったものの、孫娘の弓子も通っていた保育園では、卒園記念冊子の印刷に支障が出てしまいました。老主人は急遽、旧式の活版印刷での協力を申し入れます。どんな時代でも、どんな事態でも、子供たちは未来です。
「引っ越しの日」
劇団から去って郷里に戻っていた女性は、夢をあきらめていない後輩の芝居を観に来た横浜で、大学時代の友人だった弓子と出会います。父親の死と結婚の破談が重なって、亡くなった祖父母が住んでいた川越に引っ越すという弓子を手伝いながら、2人はかつて抱いていた夢について語りあかします。でも過去の思い出と未来の夢は繋がっているのです。
2020/11
https://www1.e-hon.ne.jp/images/syoseki/ac/93/34005693.jpg