りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

チンギス紀 14(北方謙三)

アラル海に注ぐシル川中流にあって西遼との国境に位置するオトラルを包囲したのは、チンギスの次男チャガタイと三男ウゲディの軍勢です。しかしこの2人の息子は将としては凡庸なようで、草原の戦いと勝手が異なる攻城戦には手を焼いています。長男ジョチはシル川下流のジャンドを攻め落としますが、アラル海に逃れたホラズム水軍は手付かずであったことで、逆にジャンドに籠城することになってしまいました。長子トクチャルを失ったことで、ジョチは開き直ることができるのでしょうか。

 

チンギスはジェベとスブタイを率いてホラズム奥地に攻め入り、サマルカンド北方のブハラを攻略。しかしこれはチンギス軍主力を国境地帯から遠ざけるホラズムの軍略だったのかもしれません。東方で病死したカサルの訃報を聞いたチンギスは、ブハラを捨ててオトラルでの決戦に向かいます。ムカリ率いる雷光隊と、ジェラールッディーンとマルガーシの王子軍との遊撃隊どうしの勝負にも決着がつこうとしています。

 

南方へと向かった潮州礼忠館のトーリオが小梁山で出会ったのは、秦広という中華名を有する青年でした。名前からして秦容の末裔なのでしょうか。このシリーズが「大水滸シリーズ」と地続きであることが実感できますね。もっとも若者たちは「そのようなことはどうでもいい」などと言いそうですが。

 

2023/3

 

チンギス紀 13(北方謙三)

潮州の礼忠館を継いだトーリオは、甘蔗糖ビジネスを拡大するために南方へと向かい、岳都へとたどり着きます。その先にあるのは小梁山。これからなつかしい名前も出てくるのかもしれません。そしてトーリオがモンゴルの物流を担う若者たちと出会うとき、海上の道と陸上の道は結ばれるのでしょう。

 

旧金国領の統治を進めるチンギスの末弟テムゲは、兵を市井に紛れさせてゲリラ戦を行っている完顔遠理をあぶりだそうとしたものの、逆に罠に嵌まってしまいます。テムゲを救ったボロクルが犠牲となり、完顔遠理は深手を負いますが、これで金の抵抗は止むのでしょうか。

 

鎮海城を襲った西遼の老将・獰綺夷は、迫り来るジェベ軍に降伏。西遼を簒奪していたナイマン王国の遺児グチュルクは殺害されて、モンゴルは西方の大国ホラズムと国境を接することになりました。しかしチンギスが送った外交使節団は、国境の町オトラルで惨殺されてしまいます。病を得ているホラズムのアラーウッディーン王は、モンゴルに勝てるのは今しかないと判断したようです。チンギスはジョチ、チャガタイ、ウゲディの3人の息子たちとともに、12万の大軍を率いて親征に乗り出します。

 

モンゴルに倍する兵力を有するホラズムには、北方の勇猛なカンクリ族傭兵団や、オトラルを治めるイナルチュクや、軍師テムル・メリクもおり、熾烈な戦闘が予想されます。王子ジェラールッディーンと行動をともにするジャムカの息子マルガーシは、どのような動きを見せるのでしょう。カスピ海はもう目前に迫っています。

 

2023/3

チンギス紀 12(北方謙三)

草原の覇者となったモンゴルは、急速に拡大しています。昔と比べると格段に大きくなったものの、少数精鋭主義を貫くモンゴル軍は、四方の敵国に対応しきれるのでしょうか。しかしはじめに東方の大国・金が屈します。半年に渡る攻囲に耐えかねた金は燕京を放棄して、河南の開封に遷都。黄河と長江の間の狭い地域のみに押し込まれた金の命運は尽きかけています。北方の平定も済み、残るは河北でゲリラ戦を続ける完顔遠理将軍のみ。

 

南方の西夏に攻め入ったスブタイの戦闘は長期化しています。攻め入るたびに山岳地帯に逃げ込む西夏軍を深追いすることなく自制を続けているスブタイは、ジェルメやクビライ・ノヤンが一線を引いた今では、ジェベと並ぶ大将軍へと成長したようです。北方では既にモンゴルの勢力下にあった謙謙州が完全な臣従を決意。若い陳高練は、モンゴルの使者となったチンギスの孫・ヤルダム、モンゴル兵站部隊を率いるチェスラス、金国の兵站を担っていた耶律楚材、カシュガルで商いを学んでいたタビュアンともに、大国となったモンゴルに物流網を敷く役割を担っていくようです。かつて楊令が思い描いた国の形は、若い彼らに引き継がれていくのでしょう。

 

しかしその一方では、旧世代の退場も始まりました。ダイルとヤクは、西遼の攻撃にさらされた西方の拠点・鎮海城を守る闘いの中で戦死。バイカルの森に隠棲していた元メルキト族長のトクトアはひっそりと亡くなっていました。洞窟を継いだアインガは、そこを訪ねて来たジャムカの息子マルガーシとホラズム王子ジェラールッディーンに、かつての草原の闘いの記憶を伝えます。南方の潮州で、妻ラシャーンとともに商館を開いていた元タイチウト氏族長のタルグダイも亡くなり、息子同様にぞだてられたトーリオが後を継ぎました。商船隊を率いて南方へと向かうトーリオが。モンゴルの物流を担う若者たちと出会う日も近そうです。

 

2023/3

マーダーボット・ダイアリー 下(マーサ・ウェルズ)

雇用主の統制モジュールをハッキングして命令の束縛から逃れ、宇宙を放浪している人型警備ロボット「弊機」の宇宙遍歴物語は佳境に入っていきます。彼女を買い取って法的にも自由の身としてくれたメンサー博士への恩を忘れることはないものの、人見知りな弊機は博士のもとからも飛び出してしまったのです。

 

「暴走プロトコル

弊機が向かった先は、かつてメンサー博士の率いる調査隊を襲撃した悪徳企業グレイクリス社が放棄した惑星ミル―でした。どうやらグレイクリス社は、惑星開発を名目としながら、人類の宇宙進出以前に存在した異星文明の遺物を発掘しているようなのです。犯罪調査チームの護衛を買ってでた弊機に対するのは、放棄されて暴走する戦闘ポッドでした。さらに調査チームの警備コンサルタントとして派遣されてきた人間も疑わしい行動を取るのです。

はじめ弊機は、調査チーム隊長の友人として遇されていた人間型ボットのミキをペットロボットとして蔑視していました。しかしミキの献身的な自己犠牲が弊機に何らかの影響を与えたようです。人間たちの勝手な行動に苛立ちながらも、しだいに芽生えてくるさまざまな感情に戸惑い始めています。

 

 

「出口戦略の無謀」

恩人であるメンサー博士に悪徳企業グレイクリス社の犯罪の証拠を送った弊機は、意外なニュースを耳にします。グレイクリス社の告訴を準備中であったメンサー博士が、逆に囚われてしまったというのです。惑星ミル―での弊機の行動が悪徳企業を焦らせてしまったのでしょうか。かつて行動をともにしたことのあるメンサー博士の同僚たちと出会った弊機は、博士の救出作戦に乗り出すのですが・・。

メンサー博士が指導するプリザベーション連合では、高度なボットに市民権を与えようとする動きがあるようです。弊機は、独立した警備コンサルタントとして活動できる安住の地を見つけることができたのでしょうか。もっとも損傷から回復したばかりの弊機の願いは、心行くまで連続ドラマを見続けるだけのことのようです。

 

正直あまり期待していなかったのですが、意外とハマってしまいました。続編も読んで見ようと思います。

 

2023/3

 

P.S.

2004年7月から記し続けている「読書ノート」も19年めを迎え、この記事で5000冊めとなりました。この間ずっと、平均して毎年266冊/毎月22冊以上の本を読み続けたことになります。継続って凄いな。

マーダーボット・ダイアリー 上(マーサ・ウェルズ)

終始一人称で語られる物語の主人公は、自らを「弊機」と呼ぶ人型警備ユニット。殺人ロボットとの通称を持つロボットに性別はないものの、どうやら女性形のよう。モジュール故障によって大量殺人を犯したとされていますが、その記憶は消去されており、所有者である保険会社によって再利用されています。しかし弊機には感情と優れた電子戦闘能力がありました。自らの行動を縛る統制モジュールをハッキングして自由になっているのですが、その事実はまだ誰も知りません。本書にはシリーズのはじめから4作の中編が収録されています。

 

「システムの危殆」

ある惑星資源調査隊の警備を任された弊機は、危機が迫っていることに気付きます。支援衛星からの通信は遮断され、惑星の裏側で活動している別の調査隊は全滅させられた模様。それは惑星マップの欠落エリアが関係しているのでしょうか。やがて弊機は、暴走させられた他の警備ロボットチームと死闘を演じることになるのでした。

その過程で調査隊のリーダーであるメンサー博士に、弊機の秘密が知られてしまいました。人造ボットの権利に理解ある博士によって買い取られて自由の身になったものの、弊機は博士の元を離れて外世界へと向かうのでした。このあたりはアメリカの黒人奴隷史の一幕のようですが、論評するところではないのでしょう。人見知りで世間への関心が薄く、連続ドラマの視聴のみを唯一の趣味とする弊機のキャラが特徴的です。

 

「人工的なあり方」

メンサー博士のもとから飛び出した弊機は、消去された記憶を取り戻すべく、かつて彼女が大量殺人を犯したとされる鉱山惑星へと向かいます。高度な能力を有する神経質な宇宙船AIのARTと、連続ドラマを紹介したことで仲良くなれたのは大きな収穫でした。ARTが施してくれた偽装で人間を装い、鉱山惑星に向かう研究者チームの警備員として雇われるのですが、そこは無法な企業が統治する惑星だったのです。そして弊機が起こしたとされる事故の真相も、意外なものでした。

この宇宙世界のあり方やロボット工学以外の技術がおぼろげにしか示されないのは、弊機の関心が及んでいないからなのでしょう。その代わりに弊機は、能力の高い宇宙船AIには僻んでいるようだし、人間と感情的・身体的な関係を結ぶ慰安ユニットのことは「セックスボット」という蔑称で呼んで敵愾心を示しています。本書は、かなりのトラウマを抱えている弊機が、さまざまな人間やAIとの触れ合いを通じて成長していく物語でもあるようです。

 

ウィーンの密使(藤本ひとみ)

近年は現代日本ミステリや幕末歴史小説など幅広い作品を書いている著者ですが、1990年代に書かれたフランスやオーストリアを舞台とする歴史小説が一番好きでした。1996年に出版された本書も、その中の1冊です。

 

舞台はフランス革命。主人公はオーストリアの青年士官ルーカス。彼は皇帝の密命を受けて、フランス王妃マリー・アントワネットのもとに向かいます。フランスの力が弱まるのは好ましいものの、フランス王政の転覆までもは望まないオーストリアにとっては、王家と革命勢力のバランスを保つ必要があったのです。そのためにはハプスブル家の公女であったマリー・アントワネットの悪評は避ける必要があり、彼女の幼馴染であったルーカスに全てが託されたのでした。

 

しかし王室の特権を当然と思い、男性を翻弄することを得意とするアントワネットの性格は変わっていませんでした。彼女は、国民に愛されて国民と共存する王室という、新しい時代にふさわしい概念をついぞ理解することはできなかったのです。革命当初は王室の廃止など望んでいなかったフランス国民も、守旧的な国王と反動的な王妃に対して次第に厳しい目を向け始めます。盲目的な愛を捧げるフェルセンとの恋に身を焼くアントワネットを説得し、ミラボー、ダントン、ロベスピエールらを利用して革命の過激化阻止をはかるルーカスの活動は難航。やがて王妃が皇帝に宛てた密書が決定的な役割を果たすことになって、ルーカスにも危機が迫ってきます。

 

多くの伝記・小説が書かれているマリー・アントワネットは、毀誉褒貶が激しい人物です。本書の王妃像はツヴァイクによる評伝に近いものの、著者オリジナルの人物造形なのでしょう。著者渾身の作品である『マダムの幻影』では、運命に翻弄された平凡な女性でありながら健気に死を受け入れた悲劇の王妃としても描かれているのですが。この2冊を念頭に置いて、佐藤賢一氏の『小説フランス革命』を読むことをお勧めします。

 

2023/3

幻想遊園地(堀川アサコ)

著者の人気に火をつけた「幻想シリーズ」最新作の舞台は失われた遊園地。主人公は『幻想郵便局』で怨霊として登場し、『幻想電氣館』で成仏したはずなのに、『幻想短編集』の「幻想ハイヒール」でちゃっかり現生に舞い戻って探偵局の秘書になってしまった真理子さんです。超絶美女でお人よしでグズで惚れっぽく、「男に媚びる女」として「女に嫌われる女」である真理子さんは、著者のお気に入りキャラなんですね。

 

物語は、幻想探偵社の大島探偵が温泉地に出張して留守の間に持ち込まれた依頼を、真理子さんが受けてしまう所から始まります。依頼者の少年は、同級生の不真面目女子がとある遊園地に行った後で急に真面目になってしまったというのです。これはこの探偵社が扱うべき超常現象なのでしょうか。しかしその遊園地はとうの昔に廃園になっており、その跡地には団地が建っていたのです。

 

その団地を訪れた真理子さんは、新興宗教に嵌まってしまった団地住人の主婦を救出する依頼まで受けてしまいました。その一方で彼女は、幻想映画館にいた頃の夫にそっくりな仏蘭西人形売りの男性と恋に落ちてしまいます。実は大島探偵が温泉地で調査していた村長の息子の浮気調査を含めて、それらの事件は、全部結びついていたのですが・・。

 

しあし『幻想郵便局』の裏山に祀られている美少女神の狗山比売まで登場する物語は、人知れず失われた遊園地の無念の「無限ループ」まで解決したわけではなさそうです。またどこかに幻想遊園地は現れるのかもしれません。教訓をひとつ。廃園直前に最後の別れを惜しみに行くくらい好きなら、その前にもっと行ってあげないといけません。

 

2023/3